No.60 愛情、そして憎しみ・・・

今回の話題はイタリアダービーと同じ日に行われましたこちらも大一番、クラシコです。舞台はバルセロナのホームスタジアムカンプ・ノウ。マドリーはここカンプ・ノウで行われるクラシコでなんと19年間勝ちがありません。バルサから見て15勝4分。世界最高のクラブチームレアル・マドリーに対して、リーグ戦ではという条件つきながら19年間無敗、そんなスタジアムがあるだけでも凄いことです。

マドリーとバルサの因縁は今さら説明不要で、特にバルセロナのあるカタルーニャ地方の人にとっては、国の中央(マドリード)と地方(バルセロナを中心としたカタルーニャ自治州)という、単にサッカーを越えた民族の戦い。

スペインサッカーについてよく言われる“MOLBO”という言葉は、日本語では“民族間対抗意識”ぐらいにしか訳せない言葉ですが、根深い対立はあのフランコ独裁政権下まで遡るというから歴史が違います。熱狂的マドリーファンだったフランコ将軍の統治の下、カタルーニャやバスクといった地方の人々は自分たちの言語を話すことすら禁止され、唯一話すことを許されたのがサッカースタジアムだったのです。彼らにとってバルセロナは、単に一サッカーチームではなく、まさに民族の誇り。

今はさすがにその頃に比べれば熱狂度は落ちてきているでしょうが、それでもバルセロニスタのマドリーへの想いは並大抵のものではありません。

同じクラシコでも、マドリーのホームサンチャゴ・ベルナベウで行われる試合はもう少し余裕のある雰囲気ですが、カンプ・ノウではマドリーの選手が入場してきただけで信じられない音量のブーイング。スタジアムが文字通り“殺気立って”います。

そしてバルセロナの選手が入ってきた瞬間、今度は一転大音量の応援歌が自分たちの“誇り”を出迎え、彼らに勇気と力を与えます。世界中の何億という人が見ると言われるクラシコ、ついにやってきました。

そして毎年話題には事欠かないクラシコですが、今年一番の話題はなんといってもロナウドのマドリー移籍。先ほど書きましたようにそれだけ根深い両者間での移籍など、完全に“タブー”。サポーターがそんな裏切りを許すはずがありません。そしてそのタブーを2年前に破ったのがフィーゴでした。バルセロナサポーターは“金の亡者”と彼を罵り、フィーゴが経営するお店を襲撃したのを始め、敵になってその地に戻ってきた彼に、カンプ・ノウの10万のサポーターは、この世のものとは思えないほどのブーイングを浴びせたのです。

そしてフィーゴのように、バルセロナから直でマドリーに移籍というわけではありませんが、インテルを経てきたとはいえ、ロナウドもこの“タブー”を破ったことに変わりはありません。そんな彼をカンプ・ノウがいったいどうやって迎えるのか、今回の一番の関心事はそれだったわけですが、そのロナウドはなんとタイミングがよすぎるインフルエンザに当日かかって39℃の熱を出して欠場。

ここらへんはさすが役者が違うといったところでしょうか、前日まで元気だったにも関わらず見事にインフルエンザにかかりました。おかげでロナウドはカンプ・ノウを訪れずに済むことに・・・。

さらにロナウドだけでなく、この試合はマドリーではジダン、そしてマドリーの象徴でもあるイエロが欠場。

一方バルセロナではフィーゴと逆でマドリーからバルセロナに移籍し、それでも今やバルセロナの魂の象徴にまでなっているルイス・エンリケが欠場。

さらに前回の日記でアルゼンチン代表の来日について書きましたが、こちらでもその影響が出ていてサビオラはベンチスタート。サビオラとクライファートのコンビだけがバルセロナの頼み綱なので、これはバルセロナにとっては痛いです。それでも十分に豪華なメンバーですが、フルメンバーで見たかったです。

そんなわけでスタメンは、まずマドリーはGKカシージャス以下、DFラインは左からロベルト・カルロス、エルゲラ、パボン、ミチェル・サルガド、中盤は中央にいつものマケレレとカンビアッソで、右フィーゴ左ソラーリ。そして前線はラウールと、もう1人はモリエンテスではなくてグティでした。

一方のバルセロナはGKボナーノ以下、フェルナンド・ナバーロを出場停止で欠くDFラインは代わりにコクーを左サイドバックに入れ、右プジョールに、中央はフランク・デブール、レイツィハーの4バックできました。そしてコクーをDFラインに下げたことによって中盤中央でシャビとコンビを組んだのはガブリ、そして右メンディエタに左モッタ。そしてクライファートをトップにその下にはリケルメが入りました。ボカ時代トヨタカップで、自らの2アシストでマドリーを下しているリケルメ、バルセロニスタの期待は当然彼に注がれています。

そして試合は始まったわけですが、ロナウド欠場のためか、今回もカンプ・ノウのブーイングを一身に浴びたのはフィーゴでした。一昨年のあの出来事が堪えたのか、昨年は自ら望んだような形での出場停止によりカンプ・ノウでのクラシコには出場しなかったフィーゴ、もちろんバルセロナの新聞などでは“恐れをなした”などと書かれたわけですが、今年はロナウドにブーイングが分散すると思ったのか、それとももうあんな酷いブーイングはないだろうと思ったのか、それともそんなことに負けてられるかと思ったのかはわかりませんが、堂々の出場。

しかし彼を待っていたのは、相変わらずの信じられないような大音量のブーイングでした。彼がボールを持つだけでスタジアム全体から地響きのようなブーイング。しかしフィーゴもたいしたもので、済ました顔でプレーしていました。

しかし、後半になって“事件”は起きました。

まずは左サイドでのコーナーキックを蹴りに行ったフィーゴに対して、バルセロナの過激なサポーターが唾を吐きかけたり、大量の物を投げ込み始めました。そして物を片付けながらなんとかコーナーキックを蹴ったフィーゴ。しかしボールは再びゴールラインを割ってまたもやコーナーキック。

中央付近でラインを割ったため同サイドのコーナーキックもあるところを、主審が同じサイドではフィーゴにまた物が投げつけられると気を使ったのか、今度は右サイドからのコーナーキックの判定。

しかし右サイドコーナー付近のサポーターは、反対サイドのサポーターがフィーゴに物を投げつけているのを見て、今度はこっちに来いとでも思っていたのでしょうか、ここぞとばかりに大量の物を投げつけ始めました。

自分が見ていてわかっただけでもペットボトル、コイン、空き缶、ウイスキーの空き瓶などが投げ込まれていましたが、記事によるとその他ライターやゴルフボール、挙句の果ては豚の丸焼きの頭なども投げ込まれていたようです。

この大一番に荷物検査はなかったんでしょうか?サポーターに向かって必死になって、“やめてくれ!ちゃんと試合をさせてくれ!”と止めていたプジョールの姿が印象的でした。プジョールはバルセロナのファンに大変愛されている選手ですが、その彼をもってしても、フィーゴへの憎しみを止めることはできませんでした。

そしてこの異常事態にはさすがに審判も試合続行不可能と判断し、両チームの選手を一端引き上げさせ試合は10分以上中断。そして試合はなんとか再開されましたが、その後も懲りずに物を投げる人は後を絶たず、試合は完全にぶち壊し。しかも後半開始早々からバルセロナが攻勢をしかけ、いつ点が入ってもおかしくない流れだっただけに、せっかくのバルセロナペースを潰したのは、本来は応援するはずのサポーター自身でした。

それでも、内心腸煮えくり返っていたでしょうが、顔色一つ変えずプレーし続けたフィーゴにはほんとに頭が下がります。他の選手にコーナーキックを任せることもなく、どんなに物が飛んで来ようが、最後まで彼はコーナースポットに向かい続けました。

そのフィーゴはクラブのHPで「ブーイングは予想していたが、この騒ぎを世界中のファンが見ていると思うと残念だ」とコメントしました。

そして、よせばいいのに余計なことを言い出したのがバルセロナ側。ガスパール会長が「フィーゴは意識的に威嚇していた」と述べたかと思えば、口の悪さには定評のあるファン・ハール監督も襲われて当然だみたいなことを言ったものですから手に負えません。

フィーゴが「ガスパール会長自身がピッチに降り、コーナーを蹴ってみればいい」と切り返したのももっともです。それにしても、熱くなるのもわかりますが、ここまでくるともうサッカーではありません。2年前にもバルセロナには罰金が科せられましたが、今回はもっと厳しい処分が下るでしょう。

それにしても、フィーゴへの“憎しみ”は想像を越えていますが、単にバルセロナの一選手がマドリーに移籍しただけだったら、もちろん非難はされたでしょうが、ここまでのことにはならなかったでしょう。

ではなぜかというと、バルセロナ時代、フィーゴは誰よりもファンに愛されていたのです。冒頭に書きましたカタルーニャ人のマドリーへの想い、フィーゴはポルトガル人ですのでカタルーニャの人間ではありませんが、強いそして憎いマドリーに立ち向かうバルセロナの、彼は“英雄”だったのです。

“嫌い”という感情は簡単に生まれます。“好き”か“嫌い”かは言ってしまえば好みの問題です。しかし、“愛情”のないところに“憎しみ”は生まれません。憎きマドリーに立ち向かうバルセロナの英雄だったフィーゴ、そんな彼のことを心の底から愛していたバルセロニスタ、そこまで愛していたからこそ、彼の“裏切り”が許せなかったのです。

サッカー選手として世界最高レベルにあるフィーゴ、その彼が世界最高のチームマドリーへの移籍を選んだとして彼のことを責めることはできません。しかし、そこで生まれた“憎悪”は今もなお、カンプ・ノウを埋め尽くす、そしてスタジアムに入りきれなかった多くのバルセロニスタの心に、少しも薄れることなく息づいているようです。

今回のような行動は決して褒められることではありません。もう一度同じようなことがあったら今度こそ容赦のない厳罰が下るでしょう。しかし、選んだ手段は間違っていましたが、ここまでの憎悪に変わるほど選手を愛し、そしてチームを愛しているバルセロナの人々、そこの部分だけは羨ましくて仕方ありません。

ほんとに後味の悪いクラシコになってしまいましたが、フィーゴに敬意を表して今回の日記はこれくらいで。

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