『インファナル・アフェア』(アンドリュー・ラウ/アラン・マック)

インファナル・アフェア

今回は、大好きなトニー・レオンが出ている『インファナル・アフェア』です。

トニー・レオンとアンディ・ラウ主演のフィルム・ノワール、この時点で外れはないでしょう、それは2、3回観た予告編からも十分に伝わってきていました。
フィルム・ノワール、最近はあまり聞かない言葉です。

香港映画のフィルム・ノワールでは、当ブログでも紹介しました傑作『男たちの挽歌』があります。

あの映画の時、“男の美学のすべてがここにはあります”と書きました。
男の美学は『男たちの挽歌』『ワイルドバンチ』を観ておけば大丈夫と言ってしまいたいほど、あの映画の二丁拳銃をぶっ放すチョウ・ユンファは有無を言わせぬ格好良さでした。
“男が惚れる男”とはまさにあのことです。

別な意味での大傑作である『少林サッカー』でも魅せてくれた香港映画でしたが、久々の“痺れる漢のドラマ”、こういうのを待っていたんです。
ほんとに観る前からワクワク、そして観た後もワクワクでした。

インファナル・アフェア 屋上

この映画で何よりも前評判が高かったのがシナリオでしたが、それも期待を裏切ることはありませんでした。

警察がマフィアに潜入捜査官を送り込むというのは『フェイク』と同じですが、マフィアからも警察からに送り込むという発想がこの映画の最大の勝因。
警察とマフィアのトップを支える重役についていながら実は敵方のスパイ。
この時点でつかみは完全にOKです。

前半の、麻薬の取引場面に突入しようとするシーンから臨場感は最高。
エリート警察官として最前線にいながら同時に“ボス”にリアルタイムの情報を送るラウ。
このシーンでのノートパソコンのハイテクぶりは凄いです。

そしてここから、お互いにスパイがいるとわかってからの、ラストまでの怒濤の展開。
これは観てのお楽しみということで。

シナリオだけでも十分に傑作ですが、俳優陣も最高。

まずは大好きなトニー・レオン。相変わらずこの人の感情表現の豊かさには恐れ入ります。
笑顔、怒った顔、悲しい顔、それぞれいつもワンパターンの役者も少なくはない中、同じ笑顔や怒った顔でも無限のバリエーションを持つ彼。

そして感情というのが一つなわけはないわけで、単純ではなく一筋縄ではいかないのが人の心ですが、微笑みながらも悲しみをにじませ、無表情の中にもいまにも張り裂けそうな思いを秘め、彼の表情は観ていてほんとにあきません。

同じく大好きな、こちらも表情の演技のスペシャリストマギー・チャンとともに、自分の中では表情の演技はこの二人が双璧です。

そして、“悲しみ”ではなく“哀しみ”を体現できる数少ない役者だと思います。
同じようにそうであったレスリー・チャン亡き今、彼の存在はますます貴重ではないでしょうか。

一方、どちらかといえば愛着が沸き暖かみを感じさせるトニー・レオンに対し、静けさの中に意志の強さを秘め、どこが冷たさを漂わせるアンディ・ラウ。
エリート警官役は完全にはまっています。

二大スターの夢の競演だけでも凄いですが、二人に負けず劣らない脇役陣も文句無し。

香港電影金像奨助演男優賞ノミネートになんと3人を送り込んだ男性陣。

まずは、見事受賞したアンソニー・ウォン。
彼の圧倒的な存在感と貫禄は、この映画の一本の強固な芯となっています。アンディ・ラウと並んでもまったく見劣りしない存在感。
ヤンの素性を知るただ一人の人物ということもあり、ヤンにとっても観客にとっても貴重な存在。

かたやマフィアのボスエリック・ツァン。
個人的には当ブログでも紹介しています『ラヴソング』以来の出会い。あの映画でも脇役ながら圧倒的な存在感で香港電影金像奨助演男優賞に輝いた彼ですが、どう見ても童顔の彼は普段はおちゃめな可愛いおじさんみたいなんだろうなぁと想像したりしますが、映画の中で見せる“凄み”はほんとに抜群。

アンソニー・ウォンと彼の二人が、それぞれの世界のトップとして、ヤンとラウに負けないものを見せてくれます。

最後が、ヤンが偽の世界の中で、ひょっとしたら彼にだけは心を許したかもしれないマフィアの下っ端キョン、彼を演じたチャップマン・トウ。
彼の“最期”の演技は超絶モノです。

さらに、花を添える女性陣。
『男たちの挽歌』みたいに完全に男だけの世界に徹してもよかったと思いますが、彼女たちの存在もこの映画を違う角度から支えています。

まずは、ヤンの精神科医ケリー・チャン。
最後の方でとってつけたようなラブシーンが出てきたのはこの男のドラマに水を差したと思いますが、そのシーンの前までは、ヤンが自らの本当の身分を明かしたただ一人の人物として、ヤンが彼女といる時だけは心を許せたように、観ているこちらの心も暖めてくれる存在。

ラウのフィアンセの作家にはサミー・チェン。
彼の正体を知らず、彼そのもののような人物を主人公にした小説を書く彼女。
その構想をラウはどんな思いで聞いていたのでしょうか。

そして、登場時間は二人より遙かに少ないながらも、インパクトでは一番だったのがヤンのかつての恋人。
彼女との偶然の再会のシーンは、ひょっとしたらこの映画の中で一番好きなシーンかもしれません。

個人的には、“思い”が詰まったシーン、スクリーン上に見えない部分まで見せてくれるシーンというのが大好きですが、このシーンはほんとにほんのワンシーンですが、“たまらなく好き”ランクのシーン。

偶然のヤンとの再会に、「結婚したの」。
続けて、連れている女の子を「5歳になるの」と紹介。
そして、言葉少なに彼の背中を見送るしかなかった彼女。

もう二度と会うこともないと思っていたことでしょう。それでももし会えたらぶつけたい思いも数え切れないくらいあり、しかしそれを言ってはいけないことは彼女自身が誰よりも知っています。
そしていざ出会ってみたら、“今回もまた”ただ彼の背中を見送るしかなかったのです。

ヤンが去った後、娘の強烈な一言、「私もう6歳なのに」。

娘には「間違えちゃった」とごまかす彼女ですが、娘のこのたった一言が、映画1本分にもなりうる物語を観客に見せてくれるのです。

正義に燃え警察学校に入ったヤン。
彼には愛する恋人がいて、笑顔の絶えない時間を二人で過ごしていたことでしょう。

そんな彼に下った潜入捜査の命令。
ウォン警視以外は誰も潜入捜査のことは知らないため、警察学校の朝礼では何も知らない教官が生徒に「あんな落ちこぼれにはなるな」。

そうです、彼は周りでは退学になったことになっているのです。
その教官の一言を彼はどんな思いで聞いたことでしょう。

そして、彼女のことを心から愛していながらも、いつまでも一緒にいるわけにはいきません。
自分は潜入捜査官、バレれば即処刑、明日にでも殺されるかもしれないのです。
彼女を悲しませるわけにはいきません。

悲しませるくらいなら憎まれた方がいい、彼はある日自らの立場を告げ別れを告げたことでしょう。
優しい彼は、それすら言わず一方的に彼女のことを捨てたかもしれません。
その彼の背中をただ見送ることしかできなかった彼女。

しかし彼の思いとは裏腹に、彼女の心に憎しみが残ることはなかったでしょう、憎んでいたら再会した時にあんな態度にはなりません。

そして、彼の心からの愛を痛いほど感じていた彼女は、彼が何の理由もなく自分を捨てるはずがないことくらいわかっていたでしょう。

しかし、告げられるつらさよりも告げる方がもっとつらいことをわかっていた彼女は、何も言わず一人生きていくことを決めたのではないでしょうか、彼の忘れ形見とともに。

そして、二度と会うこともないと思っていた二人の再会。
“幸せそうな”彼女を見てヤンは少しほっとしたかもしれません。
彼女を不幸にすることこそが彼が一番避けたいことだったからです。

しかし彼女にとって、ヤンと過ごした日々以上に幸せな日々などこれまでもこれからもないでしょう。

しかし、その日々を胸にしまい生きていくことを誓った彼女は、今回もまた何も言わずに彼の背中を見送ったのです。
彼女はヤンと過ごしたあの日々さえあればこれからも生きていけるでしょう。

彼の方は、彼女とまたどうのこうのというわけではなく、笑顔のあったあの頃に戻りたい思いを一層強くしたのです。

その横にいる何も知らない無邪気な子供。
このシーンはほんとに極上です。

そして、あの頃に“戻りたかった男”とあの頃に“別れを告げた男”、その思いが交差したその時…。

さらに、シナリオ、俳優と文句無しですが、細部に渡って隙がまったくありません。

先ほどのノートパソコンを初めとした小道具も魅力的。ヤンが字を間違えた封筒、モールス信号、ギブス、携帯電話などなど。

冒頭にラウがヤンの店にオーディオを買いに来るシーンなど、ちょっとしたシーンもいいスパイスを効かせてます。

インファナル・アフェア アンディ・ラウ トニー・レオン

トニー・レオンとアンディ・ラウの久々の夢の競演というだけでも観る価値はありますが、それに加え素晴らしい脚本と、主役以上の存在感を見せつける最高の脇役陣。

おまけに、エンドクレジットでは歌手としてもスーパースターの2人のデュエット(この歌の歌詞がまたきます…)、ここまで揃ったらもう観るしかありません。

 

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[原題]無間道
2002/香港/102分
[監督]アンドリュー・ラウ/アラン・マック
[出演]トニー・レオン/アンディ・ラウ/アンソニー・ウォン/エリック・ツァン/エディソン・チャン/ショーン・ユー/サミー・チェン/ケリー・チャン/チャップマン・トー

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