『デッドポイント~黒社会捜査線~』(パトリック・ヤウ)

デッドポイント~黒社会捜査線~

ジョニー・トー第21弾。
『ロンゲストナイト』『ヒーロー・ネバー・ダイ』と並ぶ、ジョニー・トー“ダーク・トリロジー”最後の1本です。
監督は、『ロンゲストナイト』と同じパトリック・ヤウ。

まず一言、これかなり凄くないですか?『PTU』なんかより全然凄い。

パトリック・ヤウ監督は、ウォン・カーウァイのようなお洒落な映画を撮れることは『パラダイス!』で実証済み。
さらに、フィルム・ノワールを撮らせても一級品なのは、『ロンゲストナイト』を観ればわかります。
そしてこの作品、凄いです…。

普通映画では、主役は勝ち、悪役は死ぬ。
主役が銃撃戦で死ぬことはあっても、ほとんどの場合“かっこよく”死ぬもの。
しかし、現実は決してそんな甘いものではありません。

エレベーター前で犯人たちと遭遇した特別犯罪チーム、いきなり犯人のショットガンがサイモン・ヤムを吹っ飛ばし、度肝を抜かれます。
防弾チョッキを着ていたため助かったものの、着ていなければイチコロです。

デッドポイント~黒社会捜査線~

重火器で武装した、凶暴極まりない犯人たち。
少しでも油断しようものなら、あっという間に彼らの餌食に。

しかし、そんな危険な任務につく彼らも、一人の人間。

デッドポイント~黒社会捜査線~ サイモン・ヤム ラウ・チンワン

ヨーヨー・モンを巡るラウ・チンワンとサイモン・ヤムのやりとり、密かにレイモンド・ウォンに想いを寄せるルビー・ウォン。
今までずっと子供ができなかったのに、40を過ぎてなんと奥さんが三つ子を妊娠し、愛人は癌にという、とんでもない状況のホイ・シウホン。

彼らの間には、ただの仕事仲間にとどまらない、固い絆があります。
それは皆が見せるふとした表情が伝えます。

そんな彼らに生じた、ほんのわずかな油断。
しかし、その時は突然やってくる…。
原題通り、まさに“非常突然”。

そして、これが現実。
これに比べたら、『PTU』のラストの銃撃戦なんか子供の遊びです。

お気に入りラム・シューは前半に活躍。
取調室でのラウ・チンワンとのやりとりは、ホロリとさせてくれます。

デッドポイント~黒社会捜査線~ ラウ・チンワン ラム・シュー

オープニングとラストで円環をなす、ヨーヨー・モンを捉えたカメラもいい。

デッドポイント~黒社会捜査線~ ヨーヨー・モン

『暗戦 デッドエンド』『ヒーロー・ネバー・ダイ』でもそうだったように、ヨーヨー・モンは、主役の男たちとの“距離感”がいい。

ジョニー・トー作品のヒロインといえば、初期はシルヴィア・チャンやン・シンリン、近年はサミー・チェン。
ただ、ヨーヨー・モンの作品が個人的にはツボですね。

『暗戦 デッドエンド』でのアンディ・ラウとの“バスの中だけの恋人”、『ヒーロー・ネバー・ダイ』でのレオン・ライとの夕陽を眺める二人。
そしてこの作品では、ラウ・チンワンとサイモン・ヤムが彼女を巡るやりとりを繰り広げるという、渋い顔ぶれ。
アンディやレオン・ライのような、一見して美男子じゃない二人なのがいい。
彼女への二人の不器用な想い。

ほんとはもっといろいろと書きたいんですが、これ以上知らずにご覧になった方が絶対に楽しめると思いますので、これくらいにしておきます。

『ロンゲストナイト』は観た後にかなりずしりときましたが、これはそれ以上。
適切な例えかどうかわかりませんが、イーストウッドの『ミスティック・リバー』を観た後の感覚に似ています。

『ロンゲストナイト』『ヒーロー・ネバー・ダイ』に負けない、“ダーク・トリロジー”の名に恥じない、パトリック・ヤウ監督渾身の一作。

必見。

※以下、2007.6.11加筆。

ネタバレ全開。

未見の方は、ご注意下さい。

主役たちがみんな死ぬという強烈なラストですが、警察チームの中でただ一人生き残ったのが、入院中のため現場に居合わせなかったレイモンド・ウォン。

一番役立たずの彼が生き残ったのも、世の中得てしてそういうもの。
惜しまれるような人ほど早く亡くなり、そうでもない人ほど何事もなく生きていく。

そして、ルビー・ウォンが署に残した手紙、一人生き残った彼が、その手紙を目にし、彼女の想いを知る。
今まで女性関係には無茶苦茶いい加減だった彼の、“これから”、そこまで思いを巡らせるところが凄い。

さらに、もう一人生き残ったヨーヨー・モン。
事件を伝えるニュースを目にし言葉を失う彼女。
テレビから流れる映像には、愛する人の、親しい人の、無惨な死体。

カメラは少しずつ引いていき、店先に立つ彼女を捉えた映像にエンドロールが流れ始めます。
どこかで観たカメラワークです。そうです、オープニングです。
ラストのカメラワークは、オープニングと見事に円環をなしています。

“突然”の“非常”さえも“日常”に還元されていく、こんな信じられないような悲劇が起きても、自分も死なない限りは、それでも毎日は続いていく。

最後、彼女は座り込んでしまいましたが、時間はかかっても、オープニングのように、窓を拭き、空を見上げ、思わず笑みがこぼれるような、そんな日はいつかきっとやってくる。
オープニングに繋がるラストのカメラワークには、ほんとに唸りました。

最後に、前に「パトリック・ヤウ監督渾身の一作」と書きましたが、きえ様にいただいた情報では、「パトリック・ヤウ名義作品はほとんどの部分を私が撮ったようなものだ」とトーさんが発言しているようなので、ほとんどトーさんの作品なんでしょうね。

以前皆様に投票していただいた「ジョニー・トーBEST」で堂々第4位に入っただけのことはある、文句なしの傑作。

ただ、今新たに投票があれば、『エグザイル/絆』『エレクション』『エレクション2』がかなり上位にくるでしょうね。
投票でぶっちぎりで1位だった『ザ・ミッション/非情の掟』を、『エグザイル/絆』は超えたと皆さん声を揃えて仰ってますし。
『エレクション2』が公開された暁には、第2回投票を実施しようかなぁ。

 

デッドポイント [DVD]

[原題]非常突然
1998/香港/90分
[監督]パトリック・ヤウ
[製作]ジョニー・トー/ワイ・カーファイ
[脚本]セット・カムイェン/ヤウ・ナイホイ/トーレス・チョウ
[出演]ラウ・チンワン/サイモン・ヤム/ヨーヨー・モン/ラム・シュー/ルビー・ウォン/ホイ・シウホン/レイモンド・ウォン/ロー・ウィンチョン

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