『真夜中の虹』(アキ・カウリスマキ)

真夜中の虹

今回は、愛すべき映画たち記念の100本目。
記念の100本目は、『過去のない男』『ラヴィ・ド・ボエーム』に続いて、3本目のアキ・カウリスマキ監督作品です。

フィンランド北方は炭坑の町、炭坑の閉鎖と共に失職したカスリネン。
ひょんなことから手に入れたキャデラックを駆り、南を目指す旅が始まった!

途中立ち寄った店で強盗に襲われ、銀行から引き出した全財産はパー。いつもこんな展開(笑)
ただ、頭を殴られながらも記憶を失わなかっただけ『過去のない男』よりまだましか。

本人とは不釣り合いなキャデラック、その幌がこの映画ではちょっとしたポイント。
閉め方がわからないカスリネン、吹き荒ぶ寒風の中、寒さに凍えながらかっ飛ばす姿が笑えます。

ようやく辿り着いた街。
路上駐車をして戻ってくると反則切符を切る婦警の姿。
どうするかと思いきやナンパして彼女に。
離婚して子供もいると告げられても、「作る手間が省けていい」。おいおい(笑)

翌朝彼女のベッドで目を覚ますと、なんと顔に拳銃を突きつけられてしまいます。
やっているのは彼女の子供。
この子が見た目も仕草もめちゃめちゃ可愛い!

3人でのデート。デートといっても殺風景な海岸でラジオを聞きながら横になるだけ。
しかも並んで横になるわけでもなく、頭を突き合わせるように違う方向を向いてです。その横で座ってマンガを読む子供。

こうやって文字にするとたいしたことはないように思われるかもしれませんが、そこに流れる空気のなんと温かいこと!この映画で一番好きなシーン。

言葉を交わすこともなく、目線すら合わせませんが、3人がどんなに幸せか、そこに流れる“空気”までもが伝わってくる、こういうのを描かせたらカウリスマキの右に出る者はいません。

真夜中の虹 カウリスマキ

先ほどの幌ですが、3人で車に乗っている時に、例によって寒いのに閉め方がわかりません。
それを言い出すこともできないカスリネン。
ただ、彼女と子供もそれについて触れることもありません。代わりに子供が一言。
「気持ちいい風だね!」
この会話の“間”、ほんとに素晴らしい。

ただ、幸せな時がいつまでも続かないのもまたカウリスマキの映画。
たまたま例の強盗を見かけ奪われたお金を取り返そうとしていると、監視カメラに写っていて警察が駆けつけ即御用、刑務所へ。

ここまでで30分くらい。なんて波瀾万丈な人生(笑)

刑務所の部屋に入ると、同じ部屋に、待ってましたマッティ・ペロンパー登場!

二人の出会いのシーンも素晴らしい。
多分握力を鍛える器械だと思いますが、一人カチャカチャと動かすミッコネン(マッティ・ペロンパー)。
見つめるカスリネンに、煙草を放ります。続いてマッチも。
無造作に投げ返すカスリネン。言葉はありません。
煙草一本でいっぺんに心通わせた二人。『スケアクロウ』のオープニングにも負けない名シーン。

二人であっさりと脱獄に成功すると、ショーウインドウを割りスーツを調達。

無駄なものはどんどん省くカウリスマキの映画、ガラスを突き破った次の瞬間には、ビシッと決めた二人の歩く姿。
こういうテンポの良さも相変わらずです。

すぐに彼女と結婚式を挙げると、夜は二人で寝室に、子供は閉め出されてしまいます。
それでも、警察が下にいるのを見つけると、ノックして「パパ、警察だよ」。

このままここにいても捕まるのは時間の問題ということで、やっぱりというか目指すは国外逃亡(笑)
偽造パスポートを作ってもらうお金を作るため銀行へ。

ここでも、「手を上げろ!」などというわかりきったことはいちいち見せません。
入っていって、しばらくその外観を映したまま、次の瞬間にはもう出てくる二人。
こういうところはほんとに憎いくらい巧い。

裏の方々に騙されて刺されたミッコネン。
「ゴミ捨てに埋めてくれ。これで俺は眠る」と、痺れる決め台詞を吐くと、キャデラックの後部座席に。
そして、ミッコネンがあることをすると、カスリネンがどうやっても閉まらなかったあの幌が!!
ゆっくりと動き出す幌…。笑えるシーンでもありますが、なぜかじーんとくるシーンでもあります。

ミッコネンが教えてくれた船の名前は「アリエル」(原題でもあります)、行き先はメキシコ。
その船に乗り込むため運び屋にお金を渡し小さなボートに乗せてもらう3人。
果たして3人は無事に船まで辿り着けるのか?そして、夢見た南の国へ行くことはできるのか?

真夜中の虹 カウリスマキ

南への憧れ。そう聞いて真っ先に思い出すのは、なんといってもタイトルがずばり“南”のヴィクトル・エリセの名作『エル・スール』。
あの映画では内戦を背景にしたスペイン北部の人のスペイン南部への思い。
それに比べ北国フィンランド、“南”への憧れはその比ではありません。

そして、『エル・スール』でもそうですが、この映画でも、最後まで“南”を見せないところがいい。
見せてしまってはその“思い”の強さは半減してしまいます。

そして、選曲センスがずば抜けているカウリスマキ。
『ラヴィ・ド・ボエーム』では、日本語の「雪の降る町を」とマッティ・ペロンパーの背中が全てを語っていました。
それが今回は…。

アリエルへと向かうボート、アリエルを眺める3人の顔に被さって流れ出す音楽。
今回はさすがにフィンランド語。

「昔、話に聞いたことがある、お伽の国
・・・
いつも夢が咲き、本当の私がいる
・・・
虹がつれていく、遙かなお伽の国へ・・・」

そうです、「Over the Rainbow」。
またまた絶品。

3人の“その後”に思いを馳せるというのも、これまでの2本と同じ。
アキ・カウリスマキ、ますますハマリそうです。
愛すべき逸品。

 

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[原題]Ariel
1988/フィンランド/74分
[監督]アキ・カウリスマキ
[撮影]ティモ・サルミネン
[出演]トゥロ・パヤラ/スザンナ・ハーヴィスト/マッティ・ペロンパー

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