暴漢に襲われ、記憶を失った一人の男。
今にも壊れそうなコンテナという居場所を見つけた彼は、ジャガイモを耕し、壊れたジュークボックスを直し、“猛犬”ハンニバルをあっさり手なずけ、ソファーで好きな人と黙って音楽を聞き、今日という一日を淡々と過ごしていきます。
そんな彼の周りにいる人たち。親切にしてくれる夫婦、プロデュースすることになった救世軍の聖歌隊、冷たく当たりながらもちゃんと見守ってくれている警備員の男。
コンテナに電気を引いてくれた男との会話なども憎い。
もちろんお礼に払うお金なんかありません。
「礼には何を?」
「おれが死んだら情けを」
こういうやりとりが少しもわざとらしく聞こえないのがカウリスマキの映画。
ケン・ローチ作品の時に何度か書いた“底辺にいる人々の日常”。
同じそういう人々を描いても、カウリスマキの手にかかると、ちっとも悲惨に見えないところがいい。
助けてくれた夫婦の妻は、「恵まれてるの。住むところも、夫に職もあって」などと笑顔で言います。
住むところといっても古びたコンテナ、夫の職も週2回の夜警の仕事。
お世辞にもお金がありそうには見えません。
彼の映画の登場人物たちはいつも、客観的に見れば十分に悲惨な状況です。
それでも彼らの毎日には、後ろ向きではない心と、溢れんばかりの優しさと、ささやかな幸せがあります。
見え透いた優しさでもなく、白けるようなヒューマニズムでもなく、今ここにある小さな幸せ。
人生捨てたもんじゃない、カウリスマキのそんな囁きが聞こえてくるようです。
銀行に乗り込んで行く社長も素晴らしい。
手にしているのはライフル。
でもそれは、自分のお金のためでも、復讐のためでもなく、給料を払えない従業員のため。
先ほどちらっと書いた犬のハンニバル(名前が凄い!)は、カウリスマキ組の常連だった犬の子供とのことで、立派な俳優犬。
この映画カンヌ映画祭では惜しくもパルム・ドールを逃しグランプリ止まりでしたが、犬が代わりにパルム・ドールならぬパルム・ドッグ賞を受賞(笑)
カンヌも粋な演出。
それでも我々日本人にとって何より嬉しいのは、2曲の挿入歌。
まずは、クレイジーケンバンドの「ハワイの夜」。
日本酒片手に箸で寿司を食べるフィンランド人、そこに流れる“ホノルル ホノルル ホノルル 午前2時~♪”
なんという組み合わせ!
もう1曲はクレイジーケンバンドのギタリスト小野瀬雅生による「MOTTO WASABI」。
とんでもないタイトルですが、命名したのはなんとカウリスマキ。
「MOTTO WASABI」というタイトルで曲を作ってくれと頼まれた小野瀬氏によると、カウリスマキは「寿司屋へ行っても『刺身もにぎりもいらないから、ワサビだけ出せ!』と言って、ワサビを“つまみ”にビールを飲むほどのワサビ好き」(サウンドトラックのライナーノーツより)とのこと。
他にも素敵な曲揃いで、劇中で救世軍バンドに扮したマルコ・ハーヴィスト&ポウタハウカによるエンドクレジットの「STAY」では、“Will be fine, if you stay”という歌詞が映画にぴったり。
救世軍の上司役の女性はなんとフィンランドの国民的歌手らしく、彼女が歌う「思い出のモンレポ公園」も渋すぎ…。
個人的に一番のお気に入りは、救世軍バンドが夜のライブで歌う「悪魔に追われて」。
焚き火の明かりに照らされ歌うバンド、座って聞き入る人々(男を助けてくれた夫婦一家の姿も)、カウリスマキの映画の映像は、ただ美しいだけでなく色に“暖かみ”が感じられるのが大好きですが、このライブのシーンも涙が出るほど美しい…。
その場にいて同じ空気に触れたくてたまりません。
想像の余地を残してくれるラストシーンもたまらなく好き。
それにしても、ほんとに前向きな幸せな気分にしてくれる映画です。
しかも、それを声高に叫んでいないところがまたいい。
過去を失い、名前さえ忘れ、未来があるかどうかもわからない。
それでも、今を生きる力と、共に笑い泣いてくれる人がいればいい。
今日という一日を生きる世界中のすべての人々への、カウリスマキからのささやかなメッセージ、“人生は前にしか進まない”。
キートス!!カウリスマキ Blu-ray BOX Part 2[期間限定生産] [Blu-ray]
[原題]Mies vailla menneisyyttä2002/フィンランド・ドイツ・フランス/97分
[監督・脚本]アキ・カウリスマキ
[撮影]ティモ・サルミネン
[出演]マルック・ペルトラ/カティ・オウティネン/アンニッキ・タハティ
今回の被害は筆舌に尽くし難く、言葉にしようがないので、ずっと更新してきませんでした。ですが、twitterの方で何度か書きましたように、こんな時こそ笑いも娯楽も必要だという考えですので、こちらもぼちぼち再開しようかなぁと思っていたところに、[…]