『ラヴィ・ド・ボエーム』(アキ・カウリスマキ)

ラヴィ・ド・ボエーム

『過去のない男』に次いで2本目のアキ・カウリスマキ監督作品です。

古き良き時代のパリ。
金も才能も仕事も女も、何もかもない芸術家3人。画家ロドルフォ(マッティ・ペロンパー)、作曲家ショナール(カリ・ヴァーナネン)、作家マルセル(アンドレ・ウィルムス)。

ロドルフォの絵は良いように言えば味があるとでも言うんでしょうが、画商に持ち込んでもすぐに追い出されるように、とても売れそうな絵には見えません(描いているのはカウリスマキの妻の画家パオラ・オイノネンさん)。

ショナールのおそらく渾身の1曲であろう「芸術へのブルーの影響」は、ロドルフォたちの前で披露するシーンがありますが、アクロバティックなそのとんでもない演奏と音楽は、ある意味圧巻、ある意味滅茶苦茶、聞いている連中の沈黙との対比が爆笑を誘います。

マルセルのこれまた渾身の戯曲「復讐者」は、なんと21幕という大作!
そのとんでもない長さだけがおそらく唯一の取り柄で、中身はこれまた最悪。
披露されることがないだけまだましか。

そんな3人ですが、マルセルが家賃を払えずアパートを追い出され、レストランで意気投合したのがロドルフォ、二人でアパートに戻ってみたら次の住人がショナール。

部屋はあっても家具のないショナールと、家具はあっても部屋のないマルセルの意味不明な合意の下、3人の奇妙な共同生活が始まります。

ラヴィ・ド・ボエーム カウリスマキ

ショナールだけは、相変わらず何もありませんが、残りの二人には少しずつ変化が。
ロドルフォに絵を書いてくれと頼みに来たのが、なんとジャン=ピエール・レオー!ロドルフォの変な絵を気に入ってしまったのか、なんとパトロンにもなってくれます。
さらにミミという女性との出会いも。

マルセルに新しい雑誌の編集長を任せ資金をくれるのが、これまたなんとサミュエル・フラー!

あと、財布をすられレストランで食事代が払えないロドルフォとミミに、代わりに払ってくれたのがルイ・マル!!
脇役豪華すぎ…。

かっこいい恋愛シーンなどカウリスマキの映画では見たこともありませんが、今回のロドルフォとミミのやりとりもぎこちないったらありません。
それでも、二人のこのやりとりなどたまりません。

「仕事はやめろ。僕が絵を売って食わせるよ」
「じゃ私は何を?」
「犬の散歩、それに掃除や家事も」
「コキ使うの?」
「いや、ぼくが掃除する。君は窓から公園を見ていればいい」

珍しくかっこよく決めたロドルフォ、頑張ってちょっとお洒落な店に食事に。
その途中の電車で財布をすられちゃうあたりがカウリスマキなんですが(笑)
しかも、泥棒の手としてカウリスマキ本人が手だけ出演という遊び付き。

他にも、二人の愛の深さを示す素敵なシーンはいくつも。
画家でありながらいつの間にかたくさん詩を書いていたロドルフォ(これもおそらく駄作でしょうが、本人としてはこれでひょっとして金持ちになどと思っているはず)。
しかし、凍えるミミをたった数分間暖めてあげるために、躊躇することなく詩を書き留めた紙をストーブに投げ入れるロドルフォ。

隣に座った愛しいミミに、「寒いかい?」とぶっきらぼうに訊くロドルフォ、久しぶりに逢った愛しいロドルフォに、無言で歩み寄るミミ。
たったこれだけ、たったこれだけで、お互いがどんなに相手を想っているか、痛いほど伝わらせることだってできるんです。
最近の純愛ブームなど出る幕もありません。

とはいっても、良いことがそう続くわけはなく、マルセルにできた彼女も彼の元を去り、ミミも、「愛してるけど、貧乏じゃ生きられないわ」とロドルフォの元を去ります。

サミュエル・フラーにも「Son of a ○○!」の捨てゼリフで捨てられ、またもや何一つなくなった3人。
それでも、なんとなく一緒にいるこの3人がいいんです。

何もないくせにプライドだけは高いのが始末の悪いところですが、同じ境遇なだけに合い通じるものがあるのか、一緒にいる理由もないのに一緒にいるところがいい。

寂しく食事を取る3人の元に、帰ってきたミミ!
ロドルフォとミミを二人きりにしてあげるために、黙って部屋を出て行こうとするショナールとマルセル。

そんなことはもちろんロドルフォも観ているこちらもわかっていますし、ただでさえ台詞が少ないカウリスマキの映画、ここは表情だけで魅せてもいいところ。

しかし、あえて台詞を使って、しかもカウリスマキらしいユーモアもちゃんと効かせてです、この3人のやりとりがたまらなく最高。
ちなみに、冒頭にも書きましたが、舞台はパリです。

「どこに?」
「葉巻を買いに」
「ハバナまで」

ここからの展開は伏せておきますが、命の次に大切な物を売ってまでお金を作る3人の姿に、泣かずにはいられません…。

そして、トドメはなんといってもラストでしょう。

深い悲しみに打ちひしがれたロドルフォ。
遠ざかる彼の背中に被さる日本語の歌詞(歌うのはフィンランド在住の篠原敏武氏。二人の出会いが篠原氏の経営するバーというのがさすがカウリスマキ)。
くどいようですが、舞台はパリです。

「雪の降るまちを 雪の降るまちを
 想い出だけが 通りすぎて行く
 雪の降るまちを
 遠いくにから 落ちてくる
 この想い出を この想い出を
 いつの日か包まん
 あたたかき幸せのほほえみ」

2番の歌詞などさらにぴったり。

「雪の降るまちを 雪の降るまちを
 足音だけが 追いかけてゆく
 雪の降るまちを
 一人こころに 満ちてくる
 この哀しみを この哀しみを
 いつの日かほぐさん
 緑なす春の日のそよ風」

なんてことをしてくれるのか…。
溢れ出す涙。

寿司屋でワサビをつまにみビールを飲むのが好きなカウリスマキ(『過去のない男』参照)が、昭和38年にヒットした日本のこの名曲を知っていてもおかしくはありませんが、それにしてもなんという選曲!

ようやく凍える冬も終わり、草木が息吹き始めた春の訪れ、それなのに…。
“春なのにお別れですか”と歌った中島みゆきも真っ青の、最強の選曲。
絶品。

先ほどのショナールの「芸術へのブルーの影響」や3人のやりとりの他にも、拘置場でロドルフォが立ち上がろうとしてつかまった洗面台が壊れるシーン(劇中の誰も笑わないのに観ているこちらは爆笑)など、随所にユーモアを効かせてあるために、決してただ暗いだけに終わってはいませんが、これほど悲しい話もそうはないでしょう。
カウリスマキの次の言葉もあながち大袈裟とも言えません。

「ラストは『哀愁』(マーヴィン・ルロイ監督)以来の悲しさです、ハンカチを用意して」

この映画は、とにもかくにも篠原敏武氏の歌う哀感の極みともいうべき「雪の降るまちを」。
これを前にしては、『過去のない男』の「ハワイの夜」などまだまだ序の口。
先ほども書きましたが、絶品。

 

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[原題]Boheemielämää
1992/フィンランド/103分
[監督]アキ・カウリスマキ
[撮影]ティモ・サルミネン
[出演]マッティ・ペロンパー/アンドレ・ウィルムス/カリ・ヴァーナネン

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