『愛しのタチアナ』(アキ・カウリスマキ)

愛しのタチアナ

アキ・カウリスマキ第4弾。

記事にするのは4本目ですが、観るのは6本目。
6本目にして、マッティ・ペロンパーとカティ・オウティネンの最強コンビ初体験。

冒頭、仕立て屋ヴァルト(マト・ヴァルトネン)はミシンで服を縫っています。おぉ~っ!カウリスマキの映画の登場人物がちゃんと働いている!しかも仕立て屋。

そういえば、『仕立て屋の恋』なんていう凄い映画もあったなぁと考えているのも束の間、カウリスマキ、普通には事が運びません(笑)

このヴァルトという男、とにかく常にコーヒーを飲んでいなければというコーヒー中毒。
それがよりにもよってコーヒーが切れていた…。
いきなりキレたヴァルトは、お母さんを物置に閉じ込めて、家を飛び出します。

向かった先は愛車ヴォルガを修理に出した工場。そしてその整備工レイノがマッティ・ペロンパー。
修理代金をヴァルトの懐を見て決めるあたりに相変わらずユーモアが効いています。

このレイノはちょっとしたロック狂。ヴァルトはコーヒーですが、こちらはウォッカ。常に瓶からラッパ飲みするマッティ・ペロンパーの飲みっぷりは凄い!
というわけで、お酒が入っているからか、こんなによく喋るマッティ・ペロンパーも初めて!

愛しのタチアナ マッティ・ペロンパー マト・ヴァルトネン

こんなつまらない毎日なんか抜け出して、旅に出ようぜ相棒よ!と言ったかどうかはわかりませんが、二人は車(専用コーヒーメーカー付!)で旅に出ます。

休憩していたレストランで出会ったのがロシア人のクラウディア(キルシ・テュッキライネン)とエストニア人のタチアナ(カティ・オウティネン)。

出会ったといっても、男の方がナンパしたわけではありません。
バスが故障して困っていた女性二人が、「あの間抜けな二人に港まで送らせよう」というわけで、女性二人の方から車に乗せてくれと頼みます。

というわけで、役者も揃い、いざ港へ向けて出発!

ここでいきなり笑わせてくれるのが、さっきまであんなによく喋っていたレイノが急に無口に。
ヴァルトは元々口数が少ないので、男二人はまったくといっていいほど喋りません。
“いつもの”、“無口で無表情だけど笑える”マッティ・ペロンパーに逆戻りです。

一晩ホテルに泊まることになり、先にフロントに着いた男二人は、「シングル」を2部屋取り別々の部屋へ。
後から来た女性二人、クラウディアはヴァルトの、タチアナはレイノの部屋へ。

男二人でさっさとレストランに行っておきながら、ちゃんと食券4枚を注文するあたりも憎いなぁ。

そして、夜のホテルに二人きり、ここで普通はラブシーンでしょうが、さすがカウリスマキ、何も起こりません、男二人はさっさと寝てしまいます(笑)

それでも、タチアナはレイノが手に持ったまま寝てしまった煙草の残りを吸うと、そっと毛布をかけてあげ、その横に距離を置いて眠るのです。
こういう何でもないシーンが相変わらず抜群。

翌日、思いきって、ほんとに思いきって、レイノは無言でタチアナの横に座ります。
無言でレイノの肩にもたれかかるタチアナ。そっとタチアナの肩に腕を回すレイノ。この映画で唯一のラブシーンですが、たったこれだけ。

でも、こんなに素敵なシーンはありません。
一つ部屋に泊まっても何も起こらず、言葉を交わすこともなかった二人ですが、ちゃんと心は通じ合っていたのです。
『真夜中の虹』のデートシーンにも負けない屈指の名場面。

愛しのタチアナ カティ・オウティネン マッティ・ペロンパー

別れ際、女性二人はお礼にと、紅茶とサンドイッチ(4分の1きれずつというのがウケます)をおごってくれます。
恐らくコーヒー以外は飲んだことがないヴァルトと、こちらもひょっとしたらウォッカ以外飲んだことがないかもしれないレイノ、そこへきて紅茶。いいなぁこういうの。

そしてやってきた港での別れ。
でも、なけなしの金で男二人もなぜか船に乗ってしまいます。
船内での再会。これまた無言でタチアナの煙草に火をつけてあげるレイノ、たまりません。

船のデッキで戯れるレイノとタチアナ。戯れるといってもくっついているわけでもなく、話している内容も聞こえません。
でも、そこに流れる“空気”が伝わってくるのもいつもの通り。

クラウディアとの別れの時、彼女がヴァルトにくれたのはちょっとしたプレゼントとキスでした。

次にタチアナを家に送っていきます。
さぁ家に帰ろうぜと促すヴァルトに、レイノが一言。
「俺は彼女とここに残る。作家になる」

これには爆笑。マッティ・ペロンパーが真顔で「作家になる」です。
どんな作品を書くか楽しみですが、『ラヴィ・ド・ボエーム』のマルセルの「復讐者」よりはましであることを祈ります(笑)

そんなわけで、帰りの船はヴァルトが一人ぼっち。一人取り残されたヴァルト。
クラウディアにもらったプレゼントの包みを開けてみると、プレゼントはなんとコーヒーミルでした。これまたたまらないシーン。

一人車に乗って家を目指すヴァルト。
彼の妄想シーンがあります。車には4人が乗っていて、その車で店のガラスを割って店に突っ込みます。

また4人で、紅茶を飲みサンドイッチを食べる日が来たらどんなにいいことか。
でもそれは所詮妄想に、夢に過ぎないのか…。

家に着いたヴァルトは、押入れからお母さんを出すと(よく頑張ったお母さん!)、今日もまたミシンの前に座るのです。オープニングとまったく同じ光景です。

それでも、今のヴァルトにはコーヒーだけではありません。
クラウディアが、タチアナが、紅茶が、サンドイッチが、そしてクラウディアがくれたコーヒーミルが。

上映時間たった62分、それでも、タイトルではありませんが、愛しくて、愛しくてたまらない。
アキ・カウリスマキ、もはや完全に虜です。

そしてこの映画は、カウリスマキ映画の看板俳優マッティ・ペロンパーの遺作でもあります。
合掌。

 

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[原題]Pidä huivista kiinni,Tatjana
1994/フィンランド/62分
[監督]アキ・カウリスマキ
[撮影]ティモ・サルミネン
[出演]カティ・オウティネン/マッティ・ペロンパー/マト・ヴァルトネン

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