“朝食に始まった関係は、夕食までもたない”
今回は、エルンスト・ルビッチ第10弾、『陽気な中尉さん』です。
冒頭、中尉であるニキ(モーリス・シュヴァリエ)の部屋を一人の男が訪ねて来ます。
男が手に持っているのは、どうやら洋服の請求書の様子。
ずらりと並んだ金額、きっとツケでたくさん買い、支払いはずっと先延ばしにしているんでしょう。
紙切れ一枚で、中尉の人となりがすでにわかります。
この時点ですでにさすがルビッチとなるわけですが、そこはルビッチ、そこへさらに少しの粋な演出を。
請求書にはカードが添えられていて、“夏に衣装代を払わぬ者は、冬に凍える”なんていうシェイクスピアの一節が。
相変わらず洒落てるなぁ。
男が何回呼び鈴を鳴らしても、何回ドアをノックしても、まったく音沙汰なし。
男は諦めて帰ります。
でも、こんな中尉のことだから、きっと居留守だろうと思いながら観ていると、男とすれ違いで女性が訪ねてきます。
女性がドアをノックすると、あっさりと開くドア。
ここですでにニヤリとなりますが、この後さらに“ルビッチ・タッチ”が炸裂。
部屋の明かりがついたかと思ったら、すぐにその明かりが消え、もう次の瞬間には、笑顔で部屋を出ていく女性の姿。
時間にして20秒ほどでしょう。
男女の数時間の逢瀬も、ルビッチの手にかかれば20秒もあれば十分、人物を映すことさえしません。
でも、こんなシーンは描かなくてもわかるわけで、“描かなくてもわかることは、観客の無限の想像力に委ねる”、こんなのはルビッチには朝飯前でしょうが、説明過多な最近の映画を思うと、この時点でもうたまりません。
プレイボーイのこの中尉、友人の将校から恋の相談を受けると、一緒についていってちゃっかり自分が口説いちゃいます。
この相手が、女性バンドのリーダーで、自らはバイオリンを弾くフランジー。
扮するは、『或る夜の出来事』で有名ですが、ルビッチの『青髭八人目の妻』のヒロインでもある、クローデット・コルベール。
早速恋に落ちた二人。
二人の愛の語らいが、台詞からそのまま歌になったりするので、モーリス・シュヴァリエとクローデット・コルベールの歌が楽しめます。
二人が幸せな毎日を送っているそんな頃、二人の住むオーストリアに、小国フラウゼンタウムの王とその王女がやってきます。
オーストリア王とフラウゼンタウム王はいとこ同士ながら、まったくバカにされている小国フラウゼンタウム。
招待状に書かれたフラウゼンタウムのスペルが間違っていたり、牛の品評会があるから駅まで出迎えに行けないなどなど。
宮殿の警備隊長である中尉は、立派に部下の指揮を取り、フラウゼンタウム王と王女の到着を待ちます。
道の反対側では、フランジーが中尉に投げキッスをしたり、目と目で語り合う二人。
中尉がフランジーに笑いかけウィンクをしたその瞬間、二人を乗せた馬車が目の前を通ります。
中尉としてはフランジー相手にしたわけですが、結果として王女にした形に。
一介の中尉が王女を笑うとは何事かと、フラウゼンタウム王は激怒。
笑い者にされた王女は泣きくれます。
この王女に、『極楽特急』『生活の設計』に続いて登場の、お気に入りミリアム・ホプキンス!
国家間の紛争に発展しかねないこの大問題に、オーストリアでは軍事法廷での処罰をとなりますが、オーストリアのことを全く信用していないフラウゼンタウム王、自分自身で尋問すると中尉を呼びつけます。
王と王女の前に連れて来られた中尉、周りでは恐い顔をした女官たちが睨みをきかせ、絶体絶命の大ピンチ。
早速、王の尋問が始まります。
「フラウゼンタウムの綴りは?」
ここで先ほどの招待状の伏線がきいてくるわけですが、このスペル、確かにちょっと複雑で、いらなくてもよさそうに思える“H”が途中に入ります。(FLAUSENTHURM)
その綴りを見事に答えた中尉、王は急にご機嫌に。
女官たちも皆笑顔に。
しかし、それくらいではもちろん悲しみが収まらない王女、あのことを聞いてよと王に迫ります。
なぜ笑ったんだ!
再び王の尋問が始まります。
「私が不動の姿勢をとり、正装をして正面を向いていたときに、世にも美しい少女が、突然、目に入りました」
「王女を少女とは失礼な」
中尉はフランジーのことを言ったわけですが、それを娘のことだと王は思ったのです。
王女も自分のことを言われたと思い、世にも美しい少女なんて言われたものですから、たちまち上機嫌に。
? ? ! !!!
瞬時に事態を悟った中尉、ここぞとばかりにプレイボーイのトークが炸裂。
「それが私の罪です、はっきり申し上げます。
王女様はお若く魅力的でとても美しいので、自分の地位も仕事も忘れ、笑いかけてしまったのです」
王にも王女にもすっかり気に入られた中尉は、ウィーン滞在中の王女の副官に。
これで万事解決ならよかったんですが、王女はすっかり中尉に夢中。
父親である王を説得し、オーストリア王の許可も取り付け、いつの間にか王女と中尉の婚約が成立してしまいます。
ただの中尉が王女と結婚、夢のような話ではありますが、王女のことは何とも思っておらず、フランジーのことを愛している中尉は、もちろんそんな気はさらさらありません。
かといって、国家同士で決めた王女との婚約を、ただの中尉が断れるはずもありません。
意気消沈して部屋に帰ってきた中尉の姿に自らへの愛を確認しながらも、“これまでとても楽しかったわ”の言葉と、ガーターの片方を残し、会うことなく中尉の元を去るフランジー。
フラウゼンタウムでは、盛大に結婚式が行われ、パレードを行う二人を国民が祝福します。
しかし、中尉の顔に笑みはありません。
結婚初夜、万事準備が整った後(枕の置き方の演出!)、ついに二人きりになる中尉と王女。
しかし、おやすみと、中尉は部屋を出て行ってしまいます。
プレイボーイの中尉ですが、フランジーへの愛は本物で、この期に及んでも、とてもそんな気にはなれなかったのです。
再び泣きくれる王女。
そこへ、チェスのセットを持った王が慰めにきます。
この王が全編に渡って良い味を出していて、いつもならエドワード・エヴェレット・ホートンがやるような役ですが、彼よりはわざとらしさの少ない感じで、出てくる度に笑いを誘います。
部屋を飛び出し、夜の街へ繰り出した中尉。
いろいろ歩き回った後、聞こえてきたのは、どこかで聞いたことのあるヴァイオリンの音色。
近くに行ってみると、フランジーの姿が。
王女と結婚したことが初めて役に立つ時、王族特権で警官を使いフランジーを逮捕。
フランジーが警官にある部屋に連れて行かれると、そこには中尉の姿が。
いけないことだとわかっていながら、再び燃え上がる二人。
「ちょっと出掛ける」と言っては宮殿を飛び出し、密会を重ねる中尉とフランジー。
ある日、フランジーが宮殿の中尉の部屋を訪ねると、そこで待っていたのはなんと王女。
クローデット・コルベールvsミリアム・ホプキンスのビンタの張り合いという、ある意味凄く貴重なシーンも拝めます。
しかし、お互いに思いをぶつけ合ったものの、共に泣くしかないのです。
片方は、結婚はしていながらもまったく愛されていないことに。
もう片方は、今は幸せの絶頂にいながら、それが続くことは許されないという現実に。
どんなに中尉のことを愛していても、どんなに中尉が自分のことを愛してくれていても、どうにもならないこともある。
意を決するフランジー。
またもや言葉とガーター(もう片方)を残し去るフランジーですが、今度の別れは永遠の別れです。
中尉のために、最後の一仕事をするフランジー。
それは、今まで中尉が見向きもしなかった王女を、中尉も惚れるような素敵な女性にすることでした。
今までの王女は、フランジーから言わせれば、服も下着も弾いているピアノの曲も、一言で言えば“子供”。
そんな王女を、素敵な大人の女性に変身させるフランジー。
「2人のニキをお願いね」と、振り返ることなく手を振って去っていくフランジー。
ミリアム・ホプキンス派の自分ですが、このシーンのクローデット・コルベールはかっこよすぎ!
素敵な大人の女性になった王女と中尉の再会は、観てのお楽しみということで。
男女の三角関係はルビッチの得意とするところですが、この映画のポイントは男1女2なところ。
しかも、ミリアム・ホプキンスとクローデット・コルベールという、超豪華な組み合わせ。
二人がピアノを弾きながら一緒に歌うシーンなんか、いつまでも観ていたいくらい。
男の方もモーリス・シュヴァリエなので、彼の歌が素晴らしいのは言うまでもありません。
いつものように粋なルビッチ・タッチを炸裂させながら、両想いながら去っていくクローデット・コルベールが切なさを残し、それでも笑顔でラストを迎えられる。
さらに、お気に入りミリアム・ホプキンスの可愛さと、それに加え変身後の大人の魅力まで。
また愛すべき映画が1本増えました。
[原題]The Smiling Lieutenant
1931/アメリカ/88分
[監督]エルンスト・ルビッチ
[出演]モーリス・シュヴァリエ/クローデット・コルベール/ミリアム・ホプキンス
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