“Butterfly Morning~、Butterfly Morning~♪”
スローモーションによる“死のバレエ”はありません、痺れるような決闘もありません、血がたぎるような燃える展開もありません。
砂漠に男が一人、周りにいるのも、牧師、娼婦、銀行家などなど。
ですが、これぞペキンパー。これぞ西部劇。
2009年第1弾は、サム・ペキンパー第6弾『砂漠の流れ者』です。
仲間の裏切りに会い、砂漠のど真ん中に一人取り残された男ケーブル(ジェイソン・ロバーズ)。
三日三晩食料も水も無しで砂漠をさ迷い歩き、もう駄目だと諦めかけた4日目、ついに水を発見する。
ここが駅馬車の通り道だと知った彼は、そこに腰を下ろし、何もないところから、一人で中継所を作り始めます。
駅馬車の御者に無料で街まで乗せて行ってやると言われても、ここに留まって、ここで裏切った奴らが現れるのを待とうとするケーブル。
この駅馬車の御者とのちょっとしたやりとりがいい。
初めて会った名前も知らない相手、でも、西部の荒野に生きる男同士、通じるものがあるのです。
御者は、去り際に、わざと駅馬車を大きく揺らすと、何もないケーブルのために客の荷物を落として行くのです。客はたまったものではありませんが(笑)
この御者も最後までちょくちょく出てきますし、よくある西部劇では脇役にすらならない人たちが、愛すべき隣人としてケーブルを囲んでいます。
話としては一応復讐劇で、ケーブルの心の支えも復讐ですが、映画的にはそれはたいした問題ではありません。
ペキンパーの映画がこんなに幸せな内容でいいの?というくらい、幸せな日々を過ごすケーブル。
周りにいるのも、ウォーレン・オーツやアーネスト・ボーグナインなどのいかつい男たちではありません。
慰めるのを口実に女性に手を出すようなとんでもない牧師、セクシーを絵に書いたような娼婦、ケーブルの人柄に惚れ金を貸してくれた銀行家などなど。
スローモーションによる銃撃戦の代わりに、人が走るシーンは早回しになるなど、このあたりはコメディですらあります。ペキンパー自身もコメディと言っていたみたいですが。
さらに、ステラ・スティーヴンスの胸に必要以上(というより完全に不自然)に寄るカメラ。これももはや完全にコメディの乗りで、ここまで胸に執拗に迫るカメラは観たことがありません。これの前では、『王妃の紋章』のチャン・イーモウなんか可愛いもの。しかも、撮っているのは、名手ルシアン・バラード!それでいいのか!(笑)
そして、これは完全にラブストーリーです。
主役がジェイソン・ロバーズなので、『ガルシアの首』のウォーレン・オーツ同様“不器用な恋”で、そこがまたいい。どこにでもある甘い恋愛モノなんかペキンパーには似合いません。
恋の行方は観てのお楽しみとしておきます。
大切な女性が自動車に乗って、かけがえのない友がオートバイに乗って戻って来た時、もはや彼のような男が生きる時代は終わりを告げようとしています。
『ワイルドバンチ』の次にこれを撮ったペキンパー、イーストウッドが“最後の西部劇”『許されざる者』を撮る遥か昔、西部劇はこの時点で終わっていたのかもしれません。
西部への鎮魂歌という点では『ウエスタン』と並んで最上級でしょうが、『ウエスタン』のような壮大なる一大叙事詩では全然なく、一人の男の周りの、小さな小さな話。
でも、彼の周りには、愛する人が、優しい仲間が、歌が、そして笑顔が。ケーブル・ホーグ、ペキンパーの理想はきっと彼のような男だったのではないでしょうか。
愛すべき、愛すべき西部劇。
砂漠の流れ者/ケーブル・ホーグのバラード 特別版 [DVD]
[原題]The Ballad of Cable Hogue1970/アメリカ/121分
[監督]サム・ペキンパー
[撮影]ルシアン・バラード
[音楽]ジェリー・ゴールドスミス
[出演]ジェイソン・ロバーズ/ステラ・スティーヴンス/デヴィッド・ワーナー
『サボテン・ブラザース』×『砂漠の流れ者』×マカロニウエスタン。 恥ずかしげもなくエンニオ・モリコーネ節を炸裂させるハンス・ジマーにニヤリ。 “西部の精霊”として登場するあの人! さらに、まさかのハリー・ディーン・スタントン![…]