『ヴェラ・ドレイク』(マイク・リー)

ヴェラ・ドレイク

監督名だけで観に行く一人マイク・リー。
当ブログでは『秘密と嘘』『人生は、時々晴れ』に続いて第3弾、最新作『ヴェラ・ドレイク』観て来ました。

いやぁ、さすがですねマイク・リー。心震えるとはこのこと。
それでいて、描いているのはいつも通り家族の日常。

弟の自動車修理工場で働く夫スタン、裕福な家の家政婦をしたり、近所の人や自らの母親の面倒を見ている、いつも鼻歌まじりの妻ヴェラ、仕立て屋で働き夜学にも通いナンパにも精を出す息子シド、仕事と家の往復というつまらない毎日を送っている無口な娘エセル。豊かではないが笑顔のあるドレイク一家。

4人揃って夕食を食べ、温かい紅茶を飲み、くだらない冗談に笑いもする。

ヴェラが抱える秘密という話もあるんですが、そんなことがなかったとしても、家族の何気ないやりとりだけでも2時間魅せるでしょう。

ヴェラ・ドレイク マイク・リー

そして、『秘密と嘘』のブレンダ・ブレッシン、『人生は、時々晴れ』のティモシー・スポールを観てもわかるように、並の役者では務まらないのがマイク・リー映画の主役。
この映画のイメルダ・スタウントンも、凄いの一言。

イギリス演劇界最高の名誉であるオリヴィエ賞3度受賞は、マギー・スミスやジュディ・デンチに肩を並べる偉業。
この映画でも、ヴェネチア国際映画祭をはじめ10以上の主演女優賞を総なめにしながら、アカデミー賞では受賞ならず。
ヒラリー・スワンクが「イメルダ・スタウントンに申し訳ない」と語ったというのは、お世辞でも何でもないでしょう。

アル中や障害のある役や肉体を鍛えたり、そういうことをするだけで評価されちゃいますが、“普通”であることがいかに凄いか。

「左眉一つで演技できなければダメ」と言ったのはカウリスマキですが、このイメルダ・スタウントンにはただただ脱帽。

声にならない声で場を持たせ、27年間一度も外したことがない結婚指輪を泣く泣く外した時、思わずはめられていた指を握り締める仕草など、形容する言葉もありません。

他の役者同士の掛け合いも最高峰で、娘の婚約者が父親に結婚の許しを請う時の緊迫感。
緊張の糸が切れた瞬間爆発する喜び、こういう緩急は相変わらず絶品。

さらに、例によってマイク・リー独特の演出。
俳優たちは自分が演じる役以外のことは事前に何も知らず、それぞれが数ヶ月かけて役自身になりきり、役自身になりきった状況で初めて対面。
役そのものになった面々が即興でぶつかり合う、わざとらしさの入り込む余地のない状況。
相変わらずマイク・リーのリアリティは一歩抜けていますね。(詳しくは『人生は、時々晴れ』の感想の中で触れています)

この映画でも、一番のポイントとなる予告編などでも流れるスタウントンの顔のアップのシーン。
スタウントン以外の役者はヴェラが行っていたことを知らず、スタウントンも警察がやってくるとは知らず、警官役の俳優がいることすら知らなかったわけで、それだからこそできるあの表情でしょう。

一番のお気に入りはこのシーン。

人生で最悪のクリスマスを迎えた家族。一家4人、弟夫婦、娘の婚約者、7人が勢ぞろいしたクリスマス。
誰もが口を閉ざし、重い空気が流れています。

チョコレートをと切り出したのは夫。
ヴェラがチョコレートの入った箱を回し始めると、あからさまに拒否する弟の妻、一つ取り回すエセル、取らずに回す婚約者、シドも拒否すると、箱を取り戻しチョコレートを一つ取りつつ婚約者は言います。
「人生で最高のクリスマスをありがとう」

空襲で母親を亡くし、恋人もおらず、ずっと一人ぼっちでクリスマスを過ごしてきた彼にとっては、愛する人が隣にいて、その家族が周りを囲む、たとえ皆の顔に笑みがない状況でも、一人ぼっちで過ごしてきたクリスマスよりはどんなに幸せか。
この場面は涙でスクリーンが見えませんでした、滂沱の涙。

もうあまりにも素晴らしくて、拙い言葉でこの素晴らしさを汚したくありません。
ラストカットも完璧。これ以上の終わり方はないでしょう。

毎回絶対に期待を裏切らないマイク・リー。
ただもう恐れ入りました。

夫婦の、親子の、そして家族の、深い絆の物語。

 

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[原題]Vera Drake
2004/イギリス・フランス・ニュージーランド/125分
[監督]マイク・リー
[出演]イメルダ・スタウントン/フィル・デイヴィス/ピーター・ワイト/エイドリアン・スカーボロー/サリー・ホーキンス/エディ・マーサン

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