『ハッピー・ゴー・ラッキー』(マイク・リー)

ハッピー・ゴー・ラッキー

「三大映画祭週間2011」で鑑賞。『ヴェラ・ドレイク』以来6年ぶりのマイク・リー。
監督名だけで観に行く一人なので、相当期待値は高かったですが、まったく期待を裏切らない素晴らしさ。
びっくりするくらい何も起きないのに、全てが詰まっている極上の2時間。

オープニング、街中を楽しそうに自転車で駆けまわるポピー(サリー・ホーキンス)。
ふらりと立ち寄った本屋さんで(素敵な本屋さん!)、やたらと店員に絡むポピー。
絡むというよりは本人的にはただ話がしたいだけなんですが、店員さんは明らかに迷惑そう(笑)

本屋さんから出ると、なんと盗まれている自転車。
自分も自転車を盗まれた経験がありますが、ここで思わず口に出る言葉も、取る行動も、だいたい決まっているかと思いますが、彼女は少し違います。
「あらっ、消えちゃった、まだサヨナラも言ってないのに」

オープニングからほんの数分、物語もまだ何も始まってないのに、もうこれでポピーという人がどんな人間なのか、観ているこちらには十分伝わってきます。
さすがマイク・リー、ごちゃごちゃした“説明”なんか一切ありません。

自転車を盗まれて、「あらっ、消えちゃった、まだサヨナラも言ってないのに」と口から出る人間、そんな人間。
それ以上何の説明がいるでしょうか。

ハッピー・ゴー・ラッキー サリー・ホーキンス

そんな彼女は小学校の先生。
10年間一緒に住んでいるルームメイトでもあり同僚でもある女性、その妹、同僚の先生、教え子たち、久しく会っていない友達。

特別なことは何も起こりません。彼女の生活範囲にいる、いつも同じ時間を過ごしている人たち、かつて同じ時間を過ごした人たち。
何も特別なことなんか起きませんが、これが彼女の「生活」であり「毎日」であり、何より、彼女は「幸せ」で、いつもいつも笑顔です。

そんな彼女の生活にも、少しずつ変化が。といっても、そこはマイク・リー、特別なことは何も起こりません。

変化①自動車の免許を取ろうと個人レッスン(日本の教習所と違い、個人経営みたいなのもあるんですね)を受け始める
変化②同僚の先生が習っているのを知って自分も一緒にフラメンコを習い始める
変化③悩みを抱えている教え子のためにやってきたソーシャルワーカーの男性といい感じになる

いいですねーこの地味な変化(笑)
でも、普通の人にとったら、これだって十分大きな変化です。
これに比べたら、『秘密と嘘』『ヴェラ・ドレイク』で起きていたことなんかもう“国家的一大事”のレベルですね。

まずは、フラメンコ。このレッスンシーンに場内爆笑。マイク・リー映画でここまで笑いが起きたの初めてじゃないですかね。

ハッピー・ゴー・ラッキー マイク・リー

セビリアからやってきたこの女性の先生、まずは故郷の自慢。
他にもいろいろありますが、オレンジが凄く美味しいのよ、あなたたちイギリス人はそれを不味いマーマレードにしちゃうけどねと強烈なパンチを食らわせたあと、今度はフラメンコについて熱く語ります。

簡単に言えば、自由を求める怒りの踊りなのよ、もっと気持ちを込めなさい!と。
5年も尽くした男が自分を捨てて新しい女に走った時のことを思い浮かべてみなさい!そうよ、もっと怒りを込めるのよ!
でも、実はそれは自分自身の話で、思わず悲しい思い出が蘇りレッスン中なのに泣きながら退場(爆)
このシーンはほんとに最高で、場内大爆笑。
数日後、同僚の女性が一言。「男の生徒がすぐやめちゃうのよね」。

もう一人強烈なのが、自動車教習の先生。
演じるのは、『ヴェラ・ドレイク』で娘の婚約者を演じていたエディ・マーサン。「人生で最高のクリスマスをありがとう」は最高でしたね。

ハッピー・ゴー・ラッキー エディ・マーサン

あの大人しかった彼が、今回は強烈な先生。独自の教え方だけでも笑えますが、ポピーもポピーなので、何度注意されても毎回ブーツで教習を受け、興味のあることには平気でよそ見。
助手席の先生としてもこれは命懸けなので、最後にはどつき合い。
自動車教習の先生と生徒のどつき合いって、ハリウッドのコメディーでもたぶん観たことないぞ(笑)

マイク・リーの手にかかれば、こんな場面だって、笑いに、ドラマに、映画になる。
何も特別なことが起きなくたって、ドラマはどこにだって存在してるんだよと。
マイク・リー映画の名場面というのは「感情の爆発」の場面が多いですが、この先生がついにプッツンして怒涛のトークを始めるところは今回も凄い。

かといって、何でも「言葉で説明しちゃう」のとは大違い。

その良い例が、夜のポピーとホームレスの二人きりの場面。
このホームレス、かなりいろいろ喋ってるんですが、喋り方が少しおかしくて、はっきり言って何を言ってるのかさっぱりわかりません。

でも、最後にこれだけはちゃんとわかる発音で、こうポピーに言うんですよね。「わかるか?」と。
わかるわけはないんです、何を言ってるのかさっぱりわかりません。
でも、ポピーはこう答えます。「ええ、わかるわ」。

そして、観ているこちらにも、“わかる”んです。もちろん、何を言ってるかはさっぱりわかりません。
こんなこと言ってるんだろうなぁと想像がつくというのともちょっと違います。ほんとにわかりません。

でも、わかるんです。さっぱりわからないのに、わかるんです。
「わかるか?」と聞いた男の思いが、「ええ、わかるわ」と答えたポピーの思いが。
この場面はちょっと凄い。実はここがこの映画の一番のハイライトかもしれませんね。

今朝、出掛ける前にTwitterで「6年ぶりのマイク・リー、さて。」なんてつぶやいてしまいましたが、誰に向かって言っとるんじゃい!とマイク・リーに怒られそうですね。
今回も、当たり前のように極上。

必見。

 

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[原題]Happy-Go-Lucky
2008/イギリス/118分
[監督]マイク・リー
[出演]サリー・ホーキンス/エディ・マーサン/エリオット・コーワン

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