『人生は、時々晴れ』(マイク・リー)

人生は、時々晴れ

今回は『秘密と嘘』に続いて2本目のマイク・リー監督作品です。

タクシーの運転手の父、スーパーのレジとして働いている内縁の妻、老人ホームで働いている娘、一日中家でゴロゴロして、両親にも反抗的な態度を見せる息子。
どこにでもいる、何の特徴もない普通の家族。ハリウッド映画では脇役にさえなれないような面々、それが立派に主役を張ってしまうのがマイク・リーの映画。

彼ら4人の状況は、冒頭の家族での食事のシーンで一発でわかります。
会話がないわけではありません、それでも、誰の顔にも笑顔はありません。

人生は、時々晴れ マイク・リー

そして、お世辞にも豊かとはいえません。
安月給のタクシーの運転手の父親は、妻やさらには娘からも、タクシーの無線の機械か何かのレンタル料金のために小銭を借りる始末。

しかし、豊かでないことは問題ではありません。
経済的には豊かでなくとも、幸せな家族はいくらでもいますし、そういう家族は映画にもよく登場します。

問題は心が通い合っていないことにあります。
それでも過ぎていく日々…。

事態が一変するのは、みんなの悩みの種の息子が、突然心臓発作に倒れたことから。

真っ先に駆けつけたのは母親。
働きもせず、出した料理はまずいと言われ、一日中家でゴロゴロテレビを見ているだけの、太りすぎの息子。
そんな息子を良い風に思っているわけもないことは冒頭からいろいろ描かれていますが、病院に駆けつけた母は、可愛い息子の顔に何度もキスをし、何度も何度も抱きしめるのです。

どんなにぐうたらだろうが、太り過ぎだろうが、息子は息子。
言われてみれば当たり前の事実ですが、冒頭からの笑顔のない家族の描写と、息子を愛して止まない母親の仕草、そのギャップが抜群で、このシーンはきます…。

姉も病院に駆けつけますが、妻が何度携帯に電話しても、タクシー会社の人に無線で連絡してもらっても、父親の行方がわかりません。
何もかもに嫌気が差した父親は、無線も携帯も電源を切って、一人海を観に行っていたのです。

どこにいようがすぐにつながるのが携帯ですが、電源を切ってしまえばそれまで。
当たり前ながら忘れがちなことにはっとするシーンでした。

ついに捕まった彼が面会時間ギリギリに駆けつけると、息子の前にも関わらず妻は夫をなじります。
しかしそんな母親に、病床の息子は、「親父を責めるな」。
またまたきます…。

家に帰ると、ただでさえ頼りなかったのに、肝心の時にもなかなか捕まらなかった夫に、ついに妻の怒りが爆発します。
しかし夫は、妻に言われなくても、自分が情けないことなど痛いほどわかっていたのです。
頼りない自分に、誇りを失った自分に、そして何の変哲もない毎日に、すべてに嫌気が差したからこそ、すべてをシャットアウトして一人海を見に行ったのです。

そこでほんの少し生きる力を取り戻した彼が、戻ってきて突きつけられた現実。

ついに彼は、「もう、俺を愛していないんだろう?」「貧しくても、これまで家族は愛だけで成り立っていた。愛がなくなったら、おしまいだ。」

妻が耐えられなかったのは、家計が苦しいことももちろんながら、夫が頼りないこと。

夫が耐えられなかったのは、自らの情けなさを自覚しながらも、そんな自分を妻が蔑んだ目で見ていること。

そんな2人のやりとりの中、自分の部屋にいた娘のところに母親が様子を見に行きます。
そんな母親に、「父を蔑ろにしていることもある。」と、娘も不満を口にするのです。

また夫のところに戻ってきた妻。
不満に、そして不安に思っていたのは自分だけではないことを知る妻。
泣き崩れる夫を、彼女はそっと抱きしめるのです。
「昔は、もっと笑わせてくれたわ。」と、顔を寄せ合って笑う二人。二人が初めて見せた、心からの笑顔です。このシーンはほんとにやばいです…。

人生は、時々晴れ ティモシー・スポール

『秘密と嘘』も、すべてをぶつけあってこそ前に進めると、そういう話でした。今回も、落ちるところまで落ちた二人ですが、そこまで来てすべての思いをぶつけあったからこそ、また共に歩み始めることができたのです。

次の日の朝、息子の見舞いに行った3人。
妻の顔には今まではなかった化粧が。今までのうつむき加減の、くすんだ表情の二人ではありません。
父が話す乗せた客の話に、身をよじらせて笑う息子。彼の心からの笑顔も初めてです。

しかし、これですべてが解決したわけではもちろんありません。
その証拠に、最後まで姉の顔には笑顔がありませんでした。彼女の置かれている状況は何も変わっていないからです。

それでも、両親のあの笑顔があれば、道はきちんと前に続いていることでしょう。

カウリスマキは『過去のない男』で、“人生は前にしか進まない”と言いました。
今回マイク・リーは父親に、“人生、一瞬先は闇だ。何が起こるかわからない。”と言わせました。

あくまでも現実を直視するマイク・リーと、そこにほんの少しの暖かさをプラスさせるカウリスマキ。
ニュアンスは違うかもしれませんが、それでも道は前に続いているということでしょう。それをストレートにタイトルにしたのがフェリーニでしたが。

あと、『スモーク』の時に、パンフレットについてずいぶんと書きましたが、今回もおぉ~っと思うことが。

数ヶ月に及ぶ役作りとリハーサルのもと、脚本無しで役者たちの即興で成り立っているマイク・リーの映画。
『秘密と嘘』の時に、シンシアとホーテンスが待ち合わせをするシーンで、実際に相手が誰なのか本番までわからなかったため、驚いたシーンのリアリティはずば抜けていたと書きましたが、そんなことってありえるの?と思っていましたが、今回謎が解けました。

彼の作品に出演した人のコメント。
「稽古がはじまり、休憩中に他のキャストと顔を合わせても、どんな役でどういう場面を演じるかなど、映画の内容に関する会話は一切禁止というルールが敷かれていました。」
「その日どんなシーンを撮るのかさえ告げられません。役になりきった状態で控え室で待機するように命じられ、撮影現場に連れて行かれても、どうしてそこに連れてこられたのかしばらくの間まったく分からなかったんです。何かしらの切っ掛けを掴みながら、相手の俳優とコミュニケーションを取って演技をしていきました。」
なんということでしょう。これなら『秘密と嘘』のあのシーンのことも説明がつきます。

それにしても、こんなとんでもないことをやってしまう俳優たち、誰もができるわけではないでしょうから、今回も主要どころは『秘密と嘘』に出ていた常連組です。
中でも、今回もティモシー・スポール凄すぎ!!あんな演技は他に誰もできないのではないでしょうか?

さらに、パンフレットに載っていたマイク・リーの言葉。
「人生とは孤独感と、一人ではないという感覚が複雑に絡み合ったもの」
さすがにこれだけの映画を撮る人です、言うことが違います。

最後に、今回一番印象的だった台詞から。
「愛はまるで・・・蛇口から漏れる水の滴だ。
バケツに滴がたまっても、独りでは愛のバケツは満たせない」

今回も、『秘密と嘘』に負けず劣らない極上のものを観せてくれたマイク・リー。恐れ入りました。

 

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[原題]All or Nothing
2002/イギリス・フランス/128分
[監督]マイク・リー
[出演]ティモシー・スポール/レスリー・マンヴィル/アリソン・ガーランド/サリー・ホーキンス

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