『SWEET SIXTEEN』(ケン・ローチ)

SWEET SIXTEEN

当ブログでは、『ケス』『ブレッド&ローズ』に続いて3度目の登場となるケン・ローチ監督作品です。

15歳のリアムの夢は、間もなく刑務所から出所する母、母を嫌って家出した姉、その子供と4人で一緒に暮らすため、自分の家を手に入れること。
しかし、そんな大金があるはずもなく、親友のピンボールと共に母のボーイフレンドが隠しているドラッグを手に入れ、それを売って家購入のための資金を作ろうとするが…。

この前紹介しました『ブレッド&ローズ』では舞台をアメリカに移したケン・ローチでしたが、今回はまた舞台をイギリスに戻し、そして少年が主人公というのも、『ケス』以来。

主人公は『ケス』の時と同じ15才の少年。ほんとにどこにでもいる普通の少年。
しかし、彼をとりまく環境は相変わらず劣悪です。暴力、ドラッグ、貧困、家族問題。

しかも、ここで描かれているのは、決して誇張した社会の姿ではなく、パンフレットによると、実際にスコットランドでは、毎年4万人以上の子供が退学になり、1万1千人以上の子供が保護を受け、うち75%が卒業証書を得ずに中途退学、大学へ進学するのは1%に満たない、10代の妊娠率がヨーロッパで一番高いなどなど、紛れもない現実がそこにはあるようです。

そんな中、彼が抱く夢は、もうすぐ刑務所から出所してくる母親と、10代にしてシングルマザーの姉とその1歳の息子との、ささやかな4人での家庭生活。
決してだいそれたことを望んでいるのではなく、ただ家族仲良く幸せに暮らすこと。

しかし、それすら叶えさせてくれない厳然と立ちはだかる現実。
多くのシーンから彼の母親への愛情が痛いほど伝わってくるだけに、それがわかればわかるほど、それを許さない社会に胸が締めつけられます。

そして今回も、主人公を演じているのが当時プロサッカー選手だった17歳の少年というように、出演者のほとんどは演技経験ゼロ。
しかし、カンヌ映画祭で英語の映画なのに英語の字幕がついたというくらい、スコットランド訛りの英語は理解不能ですし、いくらプロの役者といえどあそこまでのリアリティーは出せないと思うので、実際舞台になった街に住んでいる人たちだからこそのリアリティーでしょう。

SWEET SIXTEEN ケン・ローチ

リアリティーという点では、この当ブログでマイク・リー監督の『秘密と嘘』について書いた時に、待ち合わせのシーンで実際撮影まで相手が誰だか知らされてなかったため、驚いたシーンのリアリティーはずば抜けていたというのを書きましたが、そんなマイク・リーも尊敬してやまないケン・ローチ、彼も負けていません。

脚本はあるものの、完成台本は渡されず、毎日少しずつ、しかも自分の部分だけをもらうということで、今回の作品でも、重要なシーンであるリアムが一人前の男か試されるために殺しを命じられるものの、実はほんとに殺すのではなく彼を試すためだったため直前で止められるシーン、彼の夢だった家が焼かれているのを目の当たりにするシーン、共にカメラが回るまで止められることも家が焼けていることも知らなかったという徹底ぶり。

主演のマーティン・コムストンも「展開を知らされずにやるのは役そのものを生きているような気がして、次はどうなるのか楽しみでワクワクした」と言っているように、ただでさえ素人なことに加え、ありのままの自分でぶつかるしかないわけで、そこにわざとらしさなど入り込む余地があるわけありません。ここらへんの演出はほんとにずば抜けています。

そして『ケス』でも救いのないエンディング、しかも突然映像がぶつりと途切れるというエンディングでしたが、その時には現実はそういうものだと、たまにはこういうエンディングがあってもいいと書きましたが、本作の脚本家も「リアムのような少年たちの物語を描くなら、悲劇は避けられない。ハッピーエンドに終わらせることなんて不可能なんだ。嘘になってしまうからね。」と語っているように、今回もリアムの夢見るささやかな幸せ通りに現実はそう簡単にはいってくれません。

16歳の誕生日を迎えた彼が1人海辺を彷徨うラストシーン。彼のこれからが今までと変わらず困難なものであることは想像に難くありません。
しかし、観ているこちらとしては、突き放されて終わりという『ケス』とは違い、今回のラストシーンにはわずかながらも希望が残っています。

そして、ケン・ローチを始めとするイギリス映画が、社会に対して批判をしているだけではないというのは当ブログでも何回も書いていることですが、冒頭の「出て行け“サイモンとガーファンクル”」「カッカするなよ。血圧あがるぜ。あばよ、“ミセス・ロビンソン”」の会話などなど、もちろんユーモアも忘れていません。

さらに、チームの援助までしているほどの大のサッカーファンでもあるケン・ローチ、本作でも主人公の少年がサッカー選手ということからも、もちろんサッカーボールを蹴るシーンが出てきますが、『少林サッカー』『ミーン・マシーン』みたいにそのままというわけではありませんが、サッカーへの思いに溢れています。

この当ブログでイギリス映画のことを書く時に何度も書いています“悲哀とユーモアのバランス”、その頂点に立つケン・ローチ、しかも彼の作品の中では青春ドラマということもあり堅苦しくない方ですし、誰にでもお薦めできる1本です!

 

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[原題]Sweet Sixteen
2002/イギリス・ドイツ・スペイン/106分
[監督]ケン・ローチ
[出演]マーティン・コムストン/ウィリアム・ルアン/アンマリー・フルトン

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