『スリ』(ジョニー・トー)

スリ ジョニー・トー
映画祭でご覧になったファンの方も多いでしょうが、ようやく香港版DVDで観ました。
というわけで、ジョニー・トー第36弾『スリ』です。

スリ ジョニー・トー

部屋で一人、慣れた手つきでボタン付けをするサイモン・ヤム。
いい歳したおっさんが自分でボタン付け、いつものジョニー・トー映画とは、いつものサイモン・ヤムとは違うぞという始まり方です。

『エレクション』では息子とご飯を食べるという日常的なシーンがありましたが、『PTU』でも『エグザイル/絆』でも、サイモン・ヤムとボタン付けは結びつきようがありません。

それがこの映画ではボタン付け。
でも、たったこれだけのシーンで、“ボタンが取れても自分で付けるしかない”という生活環境と、“手先が器用でこれくらいは朝飯前”という人物像まで一発でわかります。

一言の台詞もナレーションもなしで、わずかな映像だけで登場人物の人物像を観客にわからせる、オープニングから早くもトーさんの名人芸が炸裂!

スリ サイモン・ヤム

そんなサイモン・ヤムは、4人組のスリグループのリーダー。
茶餐廳で揃って朝食を済ませ、毎日仕事に街へ繰り出します。

サイモン・ヤムたちのスリの実力を観客にわからせるシーンも見事。
一挙に、3人のカモから次々と盗みます。
当たり役、抜き取る役、それをすかさず受け取る役、見事な連携プレー。

3人から次々と盗むこのシーン、流れるような見事なカメラワーク、しかも、1分強を当然のようにワンカット。

サイモン・ヤムたちにとってこれくらいのスリは朝飯前なように、これくらいの演出なんか朝飯前だよというトーさんの笑顔が目に浮かびます。

そんなサイモン・ヤムの趣味は写真。

スリ サイモン・ヤム

自転車で街をぶらぶらしながら、街並み、道行く人々、建物、なんてことはない日常の風景を撮っていきます。

ある日、いつものように写真を撮ろうとしていると、フィルター越しに飛び込んできた美女。
慌ててシャッターをきるサイモン・ヤム。

スリ ケリー・リン

その美女は、仲間たちの前に現れ、一人一人を誘惑します。

酔い潰して高級時計を盗もうとしたのに、逆に自分が酔い潰れて時計を奪われてしまうラム・カートン。

エレベーターで、体を密着させられたと思って喜んでたら実は風船だったロー・ウィンチョン。

後ろからぴったり抱きつかれての二人乗りにニヤニヤのケネス・チャン。

口紅のついた煙草に思わずむせるサイモン・ヤム。

こんな男たちにこんな美女が近づいてくるわけもなく、当然のように訳あり。
4人はヤクザ風の男たちに痛めつけられてしまいます。

サイモン・ヤムの部屋に飛び込んできた文鳥は、やはり悪運の兆候だったのか?

いい歳して自転車に4人乗りしたり、例によって“ただいま、男だらけの放課後”な4人ですが、謎の美女からある依頼を受けたあたりから、徐々に空気が変わっていきます。

病院での盗みのシーンでは、やはりこれに触れないわけにはいかないでしょう。
『ダークナイト』のヒース・レジャーのナース姿も強烈でしたが、こっちだって負けてません!

スリ ロー・ウィンチョン

謎の美女の近くに、なぜかいつもいるのがラム・シュー。
パイプ片手に一言も喋らず、おぉ、今回は渋い路線かぁと思ってたら、途中から喋ってました。でも、今回は笑いは少なめ。

スリ ラム・シュー

いったん引き返し、仲間を帰らせた後、一人舞い戻るサイモン・ヤム。
ここから、一気にジョニー・トー節炸裂な展開に。

「愛は強制なんかできない、そうだろ?・・・中略・・・プレイボーイ気取りするには歳を取りすぎだろ」
「せっかく優しくしてやったのに、どうやらお前はお遊びがしたいようだな」

いつものトーさんのノワールものなら大銃撃戦が始まりそうな展開。
ですが、この映画は違います。
街中での大柔道合戦というとんでもないシーンがあったのが『柔道龍虎房』でしたが、今回は街中での大スリ合戦。

夜の街で、雨の中、大スリ合戦を繰り広げるいい歳した男たち。
このクライマックス、10分間、台詞はたった一言もなし、全て映像だけで観せきります。

一呼吸あった後、仲間の3人が現れる瞬間は、『エグザイル/絆』でジャンユーがニヤリと笑って扉を閉めたあの瞬間に匹敵する屈指の名場面。

勝負の行方は観てのお楽しみとしておきます。

スリ ジョニー・トー

トーさんがインタビューで語っていたように、近い将来消え去ってしまうだろう、今の香港の街並みを記録として残しておきたい、そこから始まったこの映画。

エンドクレジットが流れる中、香港の街並みを捉えた白黒写真が次々と映し出されていきます。

最後のショットは、どこにでもあるような小さな店のオヤジさん。もちろん一般人です。

ジョン・ウーが『赤壁』で大きな大きな話を撮っている一方で、茶餐廳の店員にも小馬鹿にされるようなスリがボタン付けをするシーンで始まり、小さな店のオヤジさんで終わる、小さな小さな話。

歴史の片隅にすら残らない、それでも日々を一生懸命に生きている人たち、そんな人たちが暮らす街並み。

いつか誰かが言った“ジョニー・トーがいる限り香港映画は死なない”。
世界中で評価される巨匠になりながら、こんなに小さな話を撮ったトーさん。

香港の街並みと、そこに生きる人たちへの、トーさんの溢れんばかりの想いが炸裂した、愛すべき極上の小品。

[原題]文雀
2008/香港/87分
[監督]ジョニー・トー
[音楽]グザヴィエ・ジャモー/フレッド・アヴリル
[出演]サイモン・ヤム/ケリー・リン/ラム・カートン/ラム・シュー/ロー・ホイパン/ロー・ウィンチョン/ケネス・チャン

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