ずいぶんと数が増えてきたカウリスマキ作品、今回で6本目。
英国水道局で働くフランス人アンリは、ある日突然クビを言い渡される。
長年の勤務に対する感謝の印は安っぽい金の腕時計1本、しかもその時計は壊れていた…。
このアンリという男、今までのカウリスマキ映画の中でもトップクラスに孤独な男。
クビになる前の職場でも、同僚たちがわいわいと食事をする中、ぽつんと離れて一人食事をするような男。
家に帰ってきてももちろん一人。おそらく唯一であろう趣味は園芸。
扮するのは『大人は判ってくれない』のあのジャン・ピエール・レオ。
いつものカウリスマキ映画のごとく全編無表情ですが、マッティ・ペロンパーのそれにはどこか温かみがあるのに対し、冷えきったその顔。
それでいて彼が画面に現われただけで、思わずクスっとなるのです。
この時点でまたもやカウリスマキの術中に見事にはまっています。
さもそれが当たり前のように自殺を図るアンリ。
日曜大工店に行きロープを調達、首を吊るもののフックが外れて失敗。それならとガス中毒での自殺を図るものの、今度はガス会社がストライキ。
もうこの時点で観ているこちらは笑い転げています、こういう笑いはカウリスマキの独壇場。
死ぬこともままならないアンリ、カフェで読んだ新聞である広告を目にします。
「コントラクト・キラー=殺し屋」。これだ!!
怪しいタクシーの運ちゃんに場所を教えてもらったその店は、暗黒街の酒場。
場違いな男の来店に、目が点になる客たち。
そこで、アンリの強烈な一言。
「ジンジャーエール」
カウリスマキ、あなたは天才です(笑)
「コントラクト・キラー」の話をすると、店の奥に案内されます。
「消す相手は?」とボスらしき男。
そっと自分の写真を差し出すアンリ…。
「自分で殺りゃ金はかからないぞ」ともっともなことを言われますが、自分では死ねないアンリ。
無事契約成立。
その後、店内でのチンピラ2人との会話、たまりません。
「なぜ死ぬんだ?」
「個人的な理由だ」
「人生は美しいぞ。神の賜ったものだ」
「美しい花を見ろよ、動物に、鳥たち」
「この美しいグラスが死を望んでるか?」
「仕事をクビになった」
「新しい仕事を探せばいいだろ?」
「おれ達も働いてねえが、この通り幸せだぜ」
「楽しむんだよ」
「僕は疲れた、眠りたい」
他の監督の映画に比べると極端に台詞が少ないカウリスマキの映画。
その代わり、ぽつりと語られる一言の味わいは他の比ではありません。
無事殺し屋との契約を済ませたアンリ。
翌日、アパートの向かいのパブに出掛けます、おそらく初めて。
殺し屋に対し、「向かいのパブにいる」と置手紙を残すあたり、いいなぁ。
どうせ死ぬんだからと、生まれて初めてお酒と煙草を注文してみるアンリ。
1杯、また1杯とウイスキーを空けていきます。
そこへ現われたバラ売りの女マーガレット。
酒の力も手伝ったか、なんと口説きだすアンリ。
そうです、恋をしてしまったのです。
さぁ大変!もはや死んでいる場合ではない!
どうするアンリ!?
実はこの二人を、パブの窓の外から見ていた殺し屋。
しかし、幸せそうな二人を前に、今日だけは見逃してやるかと、その場を後にする殺し屋。
この映画一番の名場面。
ただ、いつまでも見逃してくれるわけもなく、迫る殺し屋。
なんとかマーガレットのアパートに辿り着いた二人。
二人のやりとりも笑わせてくれます。
「それで?まだ死にたいの?」
「死にたくない」
「私のせい?」
「そう、気が変わった」
「私の青い目のせい?」
「青だった?(近寄って覗きこむアンリ)青だ」
「そう決まれば簡単よ」
「簡単?」
「その酒場に戻って“殺し”のキャンセルを」
「すばらしい考えだ、君は頭がいいんだね」
慌ててキャンセルしに行くアンリ、しかし例の酒場はなんと瓦礫の山。
迫り来る殺し屋、逃げ惑う二人。さて…。
いつもは結構最後まで書いてしまうカウリスマキ映画ですが、今回は話はここらへんにしておきます。
あとは観てのお楽しみということで。
この映画は、なんといってもジャン・ピエール・レオ。
「自分が俳優として出演していた際には彼の真似をしていた」という、カウリスマキにとっては永遠のアイドル。この映画の脚本はレオのために書き下ろしたもの。
カメオ出演してちょっとした台詞のやりとりもあるカウリスマキ、きっと至福の一時だったことでしょう。
他にも、カウリスマキが偏愛する人々が集結、見事に脇を固めています。
エルヴィスの写真をバックに歌うジョー・ストラマー、バーガーショップのおやじに扮したセルジュ・レジアニ。
あと、アンリを殺しにくる殺し屋。実はこの殺し屋が本作一番の魅力的なキャラ。
いつの間にかアンリよりもこの殺し屋の方に気持ちが移ってしまっていたりします。
忘れてはいけないのが、殺し屋の友人の医者のこの名台詞。
「神を信じなきゃ地獄は存在しない」
これも忘れてはいけないのが、色の鮮やかさ。
「初めて部屋の中を自由に塗れる制作費をもらった」というカウリスマキ、まさにアンリを象徴する青灰色で全体を覆い、そこに浮かび上がるマーガレットの赤い服の鮮やかなこと!
冒頭に「マイケル・パウエルに捧げる」と字幕が出ますが、マイケル・パウエル監督といえば『赤い靴』、なるほど。
『浮き雲』や『過去のない男』は全体に温かみのある鮮やかな色で、それもまた絶品ですが、暗と明の見事な対比。この映画ではそのコントラストが絶品です。
前回書いた『マッチ工場の少女』で母国フィンランドでの作品に一区切りをつけたカウリスマキ、その次に撮ったのがこの映画。しかも、始めての海外ロケ。
大好きな、大好きな人たちに囲まれて、本当に幸せだったんだろうなぁと、カウリスマキの幸せが伝わってくる素敵な作品です。
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[原題]I Hired a Contract Killer1990/フィンランド・スウェーデン/80分
[監督]アキ・カウリスマキ
[撮影]ティモ・サルミネン
[出演]ジャン・ピエール・レオ/マージ・クラーク/ケネス・コリー/ジョー・ストラマー/セルジュ・レジアニ
暴漢に襲われ、記憶を失った一人の男。 今にも壊れそうなコンテナという居場所を見つけた彼は、ジャガイモを耕し、壊れたジュークボックスを直し、“猛犬”ハンニバルをあっさり手なずけ、ソファーで好きな人と黙って音楽を聞き、今日という一日を淡々[…]
前回の『愛しのタチアナ』に続いて、アキ・カウリスマキ第5弾。 この作品、「敗者3部作」のトリを飾る、カウリスマキの名を一躍有名にした作品。 ただ、『過去のない男』や『浮き雲』ほどではないにしても、他の映画にも少なからず希[…]