『至福のとき』(チャン・イーモウ)

至福のとき

当ブログでは『初恋のきた道』『あの子を探して』に続いて、最多の3度目の登場となるチャン・イーモウ監督作品です。

失業中の独身男チャオは、見合いの席で自分が旅館の社長であると嘘をつく。
すると、相手の女性は目の不自由な義娘ウー・インを雇うよう要求。
後に引けない彼は彼女を受け入れ、偽の按摩室を作るとそこで働くように指示するが…。

まず一番驚きだったのが、基本的には人間ドラマなんですが、物語も終盤にさしかかるまでは、コメディーと言ってしまってもいいほど、笑いが満載だったということ。劇場でも皆さんおおいに笑ってました。

でも、このようにコメディータッチにしたのは正解だったかもしれません。
時代背景、そして登場人物たちの置かれている状況はどれもみじめなものですので、これをただシリアスに描いたのでは、ただの深刻な映画で終わっていた可能性もあります。

笑いをふんだんに盛り込んだことで、見ている方としても、ただ暗い気持ちにさせられるだけになるという状態に陥らずに済みますし、どんな最悪な状況の中にも小さな幸せは落ちてるんだという、そんな救いもあります。

悲惨な状況を、笑いとそして圧倒的なエネルギーで吹き飛ばすという演出としては、当ブログでは、『アンダーグラウンド』を紹介していますが、本作品では、吹き飛ばすというところまではいきませんが、どこか通じるところはあると思います。

このお笑いに一役買う脇役陣にも、『始皇帝暗殺』で秦の始皇帝役だったリー・シュエチエンが出ているあたりは、チャン・イーモウの“凄さ”を感じます。十分主役を張れるメンバーがチョイ役で出ているという豪華さです。

そして、コン・リー、チャン・ツィイーという後の世界的大スターを発掘し、女優を見る目では天下一品のチャン・イーモウが、5万人の中から主役に抜擢したのドン・ジエ。
盲目というだけでも十分に難役ですが、それに加え、置かれている状況からも、基本的に笑顔もなく無表情というほんとに大変な役ですが、見事の一言です。相変わらずチャン・イーモウの目に狂いはありません。
普段まったく無表情な分、時折見せる笑顔の輝きといったらもう最高です!

この作品のもう一つの大きなポイントが“嘘”です。嘘がポイントの作品としては、当ブログでも『秘密と嘘』『スモーク』という傑作を紹介していますが、今回も多くの嘘に彩られています。

チャオは言っていることの大半は全部嘘というように、自他共に認める大のホラ吹き。

このように、いったんついた嘘からどつぼにはまりひたすら嘘をつき続けることになってしまった男、それに加担して一緒になって騙す仲間たち。
騙されていること、“すべて”をわかっていながら、失望させたくないばかりに気づかない振りをし続けた少女。
嘘の使い方がほんとに抜群です。

しかし、少女にとっては、騙される悲しみよりも、幸せの方が勝っていたのです。
彼女の「傷つくどころか、とても幸せでした。皆さんと過ごした日々は初めての至福の時でした。皆一緒の幸せな時でした」「お金は偽物でも、皆さんの心は本物でした」の言葉に号泣です…。
劣悪な環境、多くの嘘、そんな中にあって、唯一の真実は、彼女が初めて触れた“優しさ”でした。

至福のとき チャン・イーモウ

チャン・イーモウ自身も「まずコメディーであり、同時に悲喜劇でもある」「喜劇の殻で悲劇的内容を包み、観客にリラックスした後で重い苦渋を味わってもらおうと」と語っていますが、全体的にコメディータッチなだけに、余計にずしりときます。

あんなに笑いに満ちていた場内も、すすり泣きしか聞こえてきません。
肝心なところは伏せておきますが、自分もやられました。
こう来るだろうという、その一歩上を行かれた途端もう涙は止まりませんでした。

この外にもいくつも素敵なシーンはありましたが、中でも一番好きなのは、ウー・インがチャオがどんな見た目なのか、眉、目、肩と順に触れていくシーン。
ほんとうに屈託のない笑顔の二人、いつもとなんら変わりのない雑踏の中で、なんでもない、それでいてこれ以上ない“至福のとき”を過ごす二人。最高に素敵なシーンでした。

“至福のとき”というのは、何も日頃めったに出会うことが出来ない凄いことが起きた時に訪れるのではなくて、普段の何でもない毎日の中にも転がっているという、“何でもないことに幸せを感じられる人間になろう”という、自分にとっての永遠のテーマにもぴたりときたこの作品。
期待通りの、いや期待以上の、チャン・イーモウによる一級品のコメディー、そしてドラマでした。必見です!

[原題]幸福時光
2002/中国/97分
[監督]チャン・イーモウ
[出演]ドン・ジエ/チャオ・ベンシャン/フー・ピアオ

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