『地球で最後のふたり』(ペンエーグ・ラッタナルアーン)

地球で最後のふたり

今回は、素敵な恋をしよう!(まだまだ募集中です!)に投稿していただいた中から、にじばぶ様ご推薦、『地球で最後のふたり』です。
にじばぶ様、ありがとうございます!

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片や気になっていた女性、片や妹、目の前で同じ女性の死を目撃した男と女。
言葉も満足に通じない二人が、徐々に心を通わせていく…。

バックに流れるのは、女の日本語の勉強のためのカセットテープ。
交互に流れる日本語とタイ語、言葉の通じない二人に代わって、とりとめもない会話がひたすら流れます。

それでも、片言の英語と、わずかに知っている日本語とタイ語で、少しずつコミュニケーションを取る二人。

一人の時はいつも自殺のことしか考えていない男と、妹を失った孤独に泣く女。
笑顔を忘れた二人が、一緒にいることによって、少しずつ笑みを見せるようになっていきます。

散々に散らかった部屋を片づけ、一緒に麺を食べ、ダンスダンスレボリューションを競い、くだらない映画(ドラマ?)を観る。

何一つ特別なことは起きない、淡々と過ぎていく日々。

地球で最後のふたり

女が灰皿代わりにグラスを机に置いているものの、灰はその上に落ちてなく、そっとグラスをずらす男。
そんな何でもないやりとりが、どこまでも愛おしい。

ゆっくりと流れる時間の中、クリストファー・ドイルのカメラは、かけがえのない瞬間を切り取っていく。
かすかに聞こえる、パタヤーの海の波の音も心地よい。

しかし、女はかねてからの予定通り、日本(大阪)に旅立つことに。

しばらくは戻ることもないと思っていた日本、しかし男は何も言わず女を空港で待たせると、パスポートを取りに家へと急ぐ。
しかし…。

この先は観てのお楽しみとしておきますが、ラストシーンの余韻は特筆もの。

そして、滞在時間はわずかでしたが、管理人自身もパタヤーに行ったことがあるので、この映画の中に流れる空気は、頭でなく肌で感じることができました。

これを観ると、ウォン・カーウァイ作品における、クリストファー・ドイルの重要性を再認識せざるを得ませんね。
ウォン・カーウァイ作品の世界の一翼を担うのは魅力的な台詞とナレーションの数々ですが、“雰囲気”を作り出しているのはクリストファー・ドイルだと、この作品を観て改めてそう思いました。

それにしても、突然の三池監督の登場以外は(監督、この映画で「青海苔」はないでしょ「青海苔」は!)、ほんとに何も起きない話。

しかし、これは『あの夏、いちばん静かな海。』でもそうでしたが、何も起きないからこそ、何でもないことがこんなにも愛おしい。
隣に座り、共に食べ、笑い、海を眺めてくれる人がいる。
それがどんなに幸せなことか。

パタヤーの海の波の音は、忘れてしまいそうな大切なものを、そっとこの胸に運んでくれます。

[原題]Ruang rak noi nid mahasan
2003/タイ・日本・オランダ・フランス・シンガポール/107分
[監督]ペンエーグ・ラッタナルアーン
[撮影]クリストファー・ドイル
[出演]浅野忠信/シニター・ブンヤサック/ライラ・ブンヤサック

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