今回は、映像美に酔いしれる1本です。
名コンビヨルゴス・アルヴァニティス撮影による、テオ・アンゲロプロス監督渾身の一作。
ハリウッドのエンターテイメント作品とは対極にある彼の作品は、誰にでもお勧めできるものでもなく、難解で眠いとよく言われます。
自分がいつも書いている“何回リピート鑑賞に耐え得るか”という基準からしても、何回も観ようとは思いません。
今回の作品も、難民と国境を扱った重い話です。
マルチェロ・マストロヤンニにジャンヌ・モローと、出演者は豪華ですが。
ただ、アンゲロプロス作品の魅力はなんといっても、あの淀川長治氏をして、アンゲロプロスのことを「映画の感覚、映像美術の神」とまで言わしめた、他の追随を許さない圧倒的な映像の力。
今回も全編、詩的で崇高でため息の出るような映像の連続ですが、特筆すべきは3箇所。
まずは、有名な川を挟んでの結婚式。
川の一方の岸には新婦とその親族や仲間、そして対岸には新郎とその親族や仲間。新婦側の岸には神父さんもいます。
しかし、川の両岸は同じ国ではないのです。
元々は新婦一家も新郎側の国の人間ですが、難民としてこちら側に渡ってきています。
幼い頃は、共に無邪気に走り回ったことでしょう、それが、結婚したのに、手を触れ合うことすらできない二人。
まったく台詞なしで見せるこの10分はあるであろう川を隔てての結婚式のシーンは、言葉を失うほどの傑作。
二つめは、酒場で隣のテーブルに座った男女を延々と捉えるシーン。
これは観てのお楽しみということで。
最後は、これまた言葉を失ったラストシーン。
労働者たちが雨の中、黄色いレインコートをまとい、電柱にぶら下がり電線を張っています。
ただそれだけのシーンです。
それなのに、これは言葉で書いたところで実際に観ていただかないと伝わらないと思いますが、電柱にぶら下がる労働者たちを捉えたこの何でもないロングショットが、こうも迫ってくるものかと、頭や心に響くというより、こんな言葉ないでしょうが“肌に響く”、ほんとに鳥肌が立ちました。
このワンショットを観るためだけでも、この映画を観る価値はあると思います。
タイトルの『こうのとり、たちずさんで』は、橋の上に書かれた国境線の上に片足で立つ姿から。
冒頭とラスト近くに出て来ますが、国境線の上に片足で立ち、持ち上げた足を線の向こう側に下ろそうとするシーンがあります。
しかし、下ろした瞬間、向こう側で銃を構えている警備兵に一撃のもとに殺されてしまうでしょう。
人の手で引かれたたった1本の線、しかし、その線をまたぐということがどんなことなのか。
“国境”がいかに愚かなものかということを、目に見える形で訴えるこちらも素晴らしいシーン。
最初の方に書いたように、どなたにもお勧めとはいきませんが、他の追随を許さない映像の凄さだけは保証します。
[原題]To meteoro vima tou pelargou
1991/ギリシャ・フランス・スイス・イタリア/142分
[監督]テオ・アンゲロプロス
[撮影]ヨルゴス・アルヴァニティス/アンドレアス・シナノス
[出演]マルチェロ・マストロヤンニ/ジャンヌ・モロー/グレゴリー・カー