『桃色の店』(エルンスト・ルビッチ)

桃色の店

エルンスト・ルビッチ初体験。そして、観てませんが『ユー・ガット・メール』はこれのリメイクとのこと。

文通相手に恋したもののなかなか会う勇気が出ないジェームズ・スチュアート演じる雑貨店店員クラリク。
相手の女性は実は…という典型的な話で、ラストも完全に読めます。これといったことも何も起きません。
となると勝負は台詞と演出となるわけですが、その部分が圧倒的に素晴らしい!

クララが強引に雇ってもらおうとして勝手に客相手に接客を始めるシーンの畳み掛ける演出、愛すべき脇役ピロヴィッチさんがボスが誰かに意見を聞こうとすると必ず隠れるおかしさ、クラリクとクララのいがみあい、頑固そうに見えてチャーミングな店のボスであるマトチェク氏の愛嬌、『アンナ・カレニナ』とカーネーション、使いっ走りから店員にしてもらった少年がビシっと決めて店に現われる時の満面の笑み、解雇されたクラリクが一人一人と握手した後店を去る時の切なさ、そして私書箱237。

桃色の店 ルビッチ

中でも一番の傑作はクリスマスイブの夜でしょう。
クリスマスイブの日、店は大繁盛、もちろんみんなは大喜び。

ところが、店じまいの後、ある事情があるボスはイブの夜なのに一人ぼっち。
そこで、店員を一人また一人誘います。

しかし、もちろんみんな悪気はないんですが、恋人、家族と、それぞれ過ごす相手がいます。
一人また一人と去っていきます。

ピロヴィッチさんとのやりとり。

「今夜は我が家で楽しいパーティーかね?」
「そうです」
「お客も来るんだろうな」
「いえ、妻と子供2人、それと私だけです。家族だけで幸せです」
その言葉に「メリー・クリスマス」と笑顔で見送るボス。

しかし、先ほどの店員に昇格した少年に変わって新たに使いっ走りとして雇われた少年が残っていました。
家族は別の町にいて一人ぼっちと聞いて、ボスはこれでもかと美味しそうなものを語って少年を誘います。
このやりとりもとても素敵。聞いただけでその美味しそうなこと!

「チキン・ヌードル・スープは好きか?」
「大好きです」
「焼きリンゴを詰めたガチョウのローストは?」
「赤キャベツを添えたバター味のポテトは?」
「大好き」
「サワー・クリームのきゅうりサラダは?」
「ヴァニラ・ソース付きのアップル・パイは?」
「すごいや」
「よし、食べに行こう」

この時のボスの何とも言えない笑顔、誰でもいいは言い過ぎでしょうが、誰かにそばにいてほしかったのです。
それがたとえ、一度聞いたのに覚えられなくて「名前はなんだった?」と聞くような雇ったばかりの少年だったとしても。

高校時代の文化祭にクラスでやった演劇で、クラスの女の子が書いた脚本にあった台詞を思い出しました。
「人間、誰にでもそばにいてくれる人が必要なんだ。だけどそれは一人でいい」

エルンスト・ルビッチ監督といえば、当ブログでも『アパートの鍵貸します』『情婦』をアップしている大好きなビリー・ワイルダー監督のお師匠さん。

そして、あのビリー・ワイルダーをしてもとてもかなわないと噂には聞いていましたが、評判以上の素晴らしさ。
ビリー・ワイルダーといえば絶品の話術ですが、さすがお師匠さん、さらに洗練させた感じです。

別に感動させようとか、笑わせようとか、泣かせようというのはまったくないんです。
それでも、思わずくすっと笑えて、ほろりときて、優しくて温かい。そのうえ何よりお洒落。

60年以上も前の作品なのに、まったくお約束な展開なのに、ほぼ店と街角だけと場面は限られているのに、それでもこんなに滅茶苦茶面白いなんて、いかに台詞と演出が凄いかということ。

他の追随を許さないと言われる世にいう“ルビッチ・タッチ”。
まだ1本しか観ていないというこの幸せ。

これから何度酔わせてくれることでしょう。

脱帽。

 

街角 桃色の店 [DVD]

[原題]The Shop Around the Corner
1940/アメリカ/97分
[監督]エルンスト・ルビッチ
[出演]ジェームズ・スチュアート/マーガレット・サラヴァン/フランク・モーガン

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