
ジョニー・トー第27弾。
刑務所から出てきた黒社会の男大哥(ラウ・チンワン)が、出所早々タクシーの運転手と一悶着を起こし、血まみれになりながら国際飯店という宿に流れ着く…。
そこでは、未亡人である小雪(ルビー・ウォン)が、一人息子の小忠とお手伝いの女の子とで、なんとか切り盛りしている状態だった。
翌日、大哥を連行しに現れる刑事肥九(ラム・シュー)。
待ってましたラム・シュー!
「先に手を出したのは運転手の方よ」という小雪の証言によって大哥は釈放されるものの、それ以降肥九は大哥を執拗に付け狙い、大哥が留まる国際飯店にもちょっかいを出すようになります。
今回のラウ・チンワンは、黒社会の男といっても、受刑中にかつての部下に実権を奪われ、もはや黒社会には居場所のない男。
かといって帰る家があるわけでもなく、国際飯店に居つくことになります。
片や小雪、大哥が黒社会の男とわかっても、臆することなく、淡々と接していきます。
せっかく部屋を片づけても、一晩でまた散らかす大哥。
しかしそれを咎めるでもなく、彼の外出中にまた綺麗に。
帰ってきた部屋が綺麗に片づいていた大哥は、どういう思いでその部屋を眺めたでしょうか。
暴力にまかせて当たり散らすしかない男が、少しずつ、少しずつ人間らしさを取り戻していく様子を、ジョニー・トー監督は、些細なことを積み重ね、淡々と描いていきます。
例えばこんな場面。
「タバコあるか?」と聞く大哥に、「ここでは売ってません」と小雪。
「じぁ買いに行けよ」と横暴な大哥に、「もう遅いから、どこも開いてないわ」と断る小雪。
タバコをもらうため他の客の部屋のドアをうるさく叩いて回る大哥に、小雪は夜遅く雨の中、かっぱを羽織ってタバコを買いに走ります。
その様子を窓から見つめる大哥。
逆に、大哥が小雪の心を掴んだのはこんなやりとり。
ある日、大哥は小雪に無断で小忠を車で散歩に連れて行こうとします。(小忠の同意はあり)
慌てて車に駆け寄る小雪。
「私の子供をどこに連れて行く気?小忠、車から降りなさい!」
しかし、大哥はなにも小忠を連れ去ろうとしたわけではなく、本当にただ散歩に連れて行こうとしただけ。(小雪が心配するのは当然ですが)
車に飛び乗り、「どこに連れて行く気?」と迫る小雪に大哥は言います。
「俺は君に気晴らしして欲しいだけだ。
小忠だってたまには思いっきり遊びたいんじゃないのか?
旦那さんが亡くなってから、君はずっとあの宿に閉じこもってばかりだ。
君がそうしたいならそうすればいい。
でも、息子まで閉じこめておくことはないだろ?
小忠はどんな時だって君と一緒だ。
このままじゃ小忠は弱虫になってしまうぞ。
小忠は外に遊びに行くことすらできないじゃないか」
「気にしないでママ、おうちに帰ろうよ」と横で申し訳なさそうにする息子に、はっと我に返る小雪。
「いいのよ、遊びなさい」と小忠に言うと、自らが運転を代わり、助手席で戯れる大哥と小忠。
「ほら、お母さんが退屈そうにしてるぞ」と大哥。
小雪にちょっかいを出す二人。
笑みを見せる小雪。
恐らくかなり久しぶりに心から笑ったであろう小雪。
3人で追いかけっこをしたり、ほんとの親子のように楽しそうな3人。
しかし、それを許さないのが、ラム・シュー!
「あんな男をかばってただで済むと思っているのか」と小雪に脅しをかけ、学校帰りの小忠を白昼堂々素っ裸にしたりします。
素っ裸で帰ってきた小忠を見て驚く大哥と小雪。
仕返しをしに行こうと大哥が車に乗ると、一緒に行こうとする小雪。
そんな小雪を置いていこうとしますが、「自分の息子があんなことされたのよ、黙ってられるわけないでしょ!」と小雪。
二人で探し回った挙げ句、ようやく肥九を見つけると、大哥は車ごと肥九に体当たり。
そして、小忠がされたのと同じように肥九を素っ裸にしてしまいます。
全裸のラム・シュー!(笑)

しかし、小雪はなにもこのような仕打ちがしたかったわけではありません。
「あなたは、いつもこうやって暴力によってしか解決しないのね。降りて頂戴」
一人車から降り、とぼとぼと歩く大哥。
その後少しいろいろありますが、省略。
「また戻ってもいいか?」
国際飯店の目の前にある公衆電話から、小雪に電話をかける大哥。
いつの間にか、国際飯店は彼にとって、“帰るべき場所”になっていたのです。
部屋に戻ってみると、何事もなかったかのように整然とした部屋。
ベッドの上には着替えが並べられ、机の上にはあの日と同じタバコ。
そして、いつの日か一緒に料理した目玉焼き乗せ麺を持って現れる小雪。
しかし、何事もなかったかのように受け入れてくれた小雪を、部屋の鍵を閉め抱こうとする大哥。
心は通い始めていても、まだそんな気にはなれない小雪は必死で抵抗します。
しかし、力でかなうはずもなく、観念する小雪。
ついにという時、ドアを叩く音が。
「ママ!ママ!」
なんてことをしてしまったんだと我に返る大哥。
泣きながら部屋を出て行く小雪。
しかしそんな国際飯店も、ローンの支払いが滞り裁判所から立ち退きの最後通告が。
そんな国際飯店を救うため、自分のお金を持って出ていった元妻のところに、お金を取り返しに行く大哥。
しかし、もめているところを警察に通報されたことから、やむなく人質を取って立て籠もるはめに。

あの野郎、またやりやがったと、してやったりの表情で駆けつける肥九。
事を知った小雪も現場に駆けつけます。
肥九は相手にならないので、肥九の上司に、自分に説得させてくれと懇願する小雪。
そして、警察、市民が取り囲む中、対面の時。
「強盗しに来たんじゃない、自分の金を取り返しに来ただけだ」
「信じるわ」
「俺のことを信じてくれるのは君だけだな」
「わかってるわ、私のためにこんなことしたんでしょ。
宿のことならもういいの、お願いだからバカな真似はよして」
「刑務所で何年も過ごし、あちこちのホテルや宿屋を転々としたりもした。
でも、国際飯店の206号室だけが、なぜかわからないけどくつろげたんだ。
あそこにいる時はすごく幸せだった。
たぶん、自分の家ってのはあんな感じなんだろうな。
この世界の人間は、10人いれば9人は悲惨な最期を遂げるもんだ。
自分には家なんか似つかわしくないと思ってたのに」
「国際飯店があろうとなかろうと、そんなことは関係ないわ。
私がいる限り、あなたには帰る場所があるんだから」
その小雪の言葉に、ついにこらえきれなくなって、手で顔を押さえて声をあげて泣く大哥。

『ヒーロー・ネバー・ダイ』では両足を失いながらもボスへの復讐を誓った、『ロンゲストナイト』では強面のスキンヘッドでトニー・レオンを圧倒した、あのラウ・チンワンが、声をあげて泣くのです。
観ている方も、ここで泣かずしてどこで泣く。涙、涙、涙…。
人質を解放すると、手を挙げて投降しようとする大哥。
しかし、もはや投降しているのに、そんな大哥をボコボコにする肥九。
力こそが強さだと信じてきた今までの大哥なら、真っ先にやり返していたことでしょう。
しかし、小雪との出会いによって本当の強さとは何かを知った大哥は、どれだけ殴られようと、抵抗一つせずに堪え忍びます。
一度は建物から出ていた小雪が、そんな光景を目にとめ、とっさに灰皿で肥九の頭を一撃。
「あの女を逮捕しろ!」と叫ぶ肥九に、「どうして投降した人間を殴るんですか?」と従わない部下(レイモンド・ウォン)。
そこに上司も駆けつけ、肥九は連れて行かれます。
大哥に駆け寄る小雪。
「大丈夫?」
「ああ。俺は最後まで手を出さなかったのに、まさか君が殴るとはな」
笑いながら抱き合う二人。
3年後。
刑務所から出てきた大哥がタクシーに乗り、タバコに火をつけようとすると、さっとライターの火を差し出す運転手。その運転手がなんと肥九。
タクシーの運転手になりすましての待ち伏せといえば、『暗戦』シリーズのラウ・チンワンの得意技ですが、今回は逆にはめられたのか!?
しかし、あんなに憎たらしかった肥九の顔つきが違います。
「もう長いことあの女性と息子は見かけませんよ」
「彼女たちは今ポルトガルにいるんだ、俺も数日したら行くことなってる」
「そりゃいいですね」
日頃から上司によく思われていなかった(当然といえば当然ですが)肥九は、あの事件を機に警察を辞めさせられ、職を転々とした挙げ句、タクシーの運転手に落ち着いたのでしょうか。
そして、こんな笑顔ができるということは、大哥に小雪という帰る場所ができたように、この3年の間に、彼にもきっと帰る場所ができたことでしょう。
今はレストランになっているかつての国際飯店の建物の前で大哥を降ろすと、笑顔で別れる二人。
ポルトガルで小忠と一緒に、今か今かと大哥を待ちわびる小雪は、駆け寄る大哥をそっと抱きしめて、きっとこう言って迎えてくれることでしょう。
「お帰り」
傑作。
[原題]再見阿郎
1999/香港/92分
[監督]ジョニー・トー
[製作]ジョニー・トー/ワイ・カーファイ
[脚本]ヤウ・ナイホイ/銀河創作組
[出演]ラウ・チンワン/ルビー・ウォン/ラム・シュー/レイモンド・ウォン/ロー・ウィンチョン
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