『カイロの紫のバラ』(ウディ・アレン)

カイロの紫のバラ
ついに、ついにこの日が訪れました!

傑作、名作、何度でも観たい作品、そういうのは何本もあっても、映画への愛に溢れていて、その映画というより、“映画”というものが愛おしくてたまらない、そういう意味で、『ニュー・シネマ・パラダイス』は初めて観たその日以来ずっとマイベストでした。

プロフィールに挙げている作品を筆頭に、何度でも観たい大好きな作品というのはたくさんありますが、どんなに泣けても、どんなに心を打たれても、どんなに幸せな気分にさせてくれても、“映画への愛”という一点において、他の映画は『ニュー・シネマ・パラダイス』を超えられませんでした。

しかし、『ニュー・シネマ・パラダイス』を初めて観た時以上に、ウディ・アレンの映画への溢れんばかりの愛情に打ちのめされたので、ついに『ニュー・シネマ・パラダイス』はマイベストの座を譲ることに。
その座を奪ったのは、ウディ・アレン監督、ミア・ファロー主演、『カイロの紫のバラ』です。

結婚しているものの、夫は働きもせず酒と博打と女、挙げ句の果てには妻への暴力、自らもウエイトレスの仕事ではヘマばかりしていつも怒れてばかり、そんな可哀想な女性シシリア。

彼女の唯一の楽しみは映画を観ること。
夫に一緒に観に行こうと誘っても断られ、一人映画館へと足を運ぶシシリア。上映中の映画は『カイロの紫のバラ』。

カイロの紫のバラ 映画館

登場人物の一人である冒険家トムに一目惚れのシシリア、2回目は姉と一緒に観に行き、そして3回目以降はまた一人で観に行きます。そして5回目…。

スクリーンの中のトムがなんとシシリアに話しかけてきたのです!
「この映画が好きなんだね。前にも2度来てただろう。」
自分に話しかけてきてるとわからずに「私?」と問い返すシシリアに「そうだよ。これで5回も見てる」とトム。
さらに、話しかけてきただけでなく、「話したい」とトムがスクリーンから抜け出してきたからさあ大変!

カイロの紫のバラ ミア・ファロー

失神する観客。
「戻れ!」と叫ぶスクリーン上の登場人物。
「映画は?」と訪ねるシシリアに、「もうやめた。2千回も同じ芝居やってらんないよ」とトム。
二人は劇場を抜け出し外に行ってしまいます。
「どうした?」と訪ねる劇場の館主に、「トムが出てった」と出演者。

突然登場人物の一人がいなくなったので、セリフも関係なしに、勝手に言い争いを始める出演者たち。
映画館の観客も黙っていません。
どうしたものかと話し合っている出演者たちに、2人で観に来ている年輩の夫婦の奥さんが「座って話してるだけの映画なんてつまらない、お金を返してもらうわ」
「お黙り!」と応酬する出演者の女性に、「自分を何様だと思ってる?」と夫婦の旦那さん。
「伯爵夫人よ。お前の古女房とは違うわ」と出演者の女性。それを聞いて歓声を上げる人々。
こんな感じで、たまらなく面白い観客と出演者のやりとり。

他のすべての人の大混乱をよそに、一人有頂天なのがシシリア。
ここから、観客とスクリーンの中の人物とのありえないロマンスがスタートします。
同じくシシリアに一目惚れし、自由な世界に憧れ、スクリーンを飛び出したトム、スクリーンの中の憧れの人物と実際に話ができて幸せいっぱいのシシリア、そんなのありえないなんてつっこんではいけません。二人が夢の中のような幸せに包まれているように、観ているこちらもただ浸っていればいいだけです。

そんな幸せな二人をよそに、まわりは大騒動。
相変わらず雑談を続けるスクリーンの中の人物たち、「先週と同じ筋の映画を見せてちょうだい」などと文句を言う観客、映画館にかけつけるマスコミ、警察、『カイロの紫のバラ』の製作者、などなど。

さらに、トムを演じた俳優が、自分のスキャンダルになるからトムにスクリーンの中に戻るよう説得しようと、シシリアの前に現れたものだから話はさらに複雑に…。
シシリアはこの俳優の映画をたくさん観ていて、トムに会えた以上に俳優に会えて嬉しくてたまりません。
シシリアと俳優も仲良くなり、挙げ句の果てにはトムと俳優の両方から結婚を申し込まれる始末…。

ここからの展開は伏せておいて、ラストはまた一人映画館で映画を観るシシリア。
その表情は曇りがちです。
『カイロの紫のバラ』に代わって上映されているのは、こちらは実在の映画であるダンス映画の至宝『トップ・ハット』。

スクリーンを見つめるシシリアの表情が徐々に晴れていきます。
スクリーンには、当ブログ常連の双葉十三郎氏に“世界文化遺産”と言わしめた、フレッド・アステアとジンジャー・ロジャースの極上のダンス。
徐々に変化していくミア・ファローの表情の演技は見事で、シシリアの顔に笑顔が戻るように、観ているこちらの表情も緩みます。

そして、ほんとにほんとに幸せな気分にさせてくれます。
映画の“内容”で幸せな気分にさせてくれる映画はたくさんありますが、映画という“存在そのもの”が幸せな気分にさせてくれるのです。

シシリアの現実が今まで通り厳しいものであることは、想像に難くありません。
ただ、映画館にいるほんの一時だけは、彼女の顔から微笑みが絶えることはないでしょう。

それと同じように、自分にとってももはやかけがえのない存在の一つとなった映画、この先も、ずっとずっと思わず笑みがこぼれるような幸せな気分にさせてくれることでしょう。

映画と現実は違う、そんなことは百も承知の上で、すべての映画ファンの夢を映像という形で見せ、夢の続きへといざなってくれたウディ・アレン。
一生ものの映画に出会わせてくれたことに心から感謝し、映画に対する溢れんばかりの愛情に最敬礼です。

映画を愛する世界中のすべての人への、ウディ・アレンからのささやかな、それでいて極上のプレゼント。

 

カイロの紫のバラ <HDニューマスター・エディション> Blu-ray

[原題]The Purple Rose of Cairo
1985/アメリカ/82分
[監督]ウディ・アレン
[出演]ミア・ファロー/ジェフ・ダニエルズ/ダニー・アイエロ

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