今まで紹介してきた中にサッカーをメインに扱った作品は2本、『少林サッカー』に『ミーン・マシーン』。
今までの2本を“最強”と“最凶”とすれば、今回は“最愛”。
サッカーに興味がない方にとってはなんてことはない映画だと思いますが、サッカー好きにはたまらない作品。
監督は『ブラス!』に続いて2回目の登場となるマーク・ハーマン。
そして、出演者の3人目に注目です。そうです、あのアラン・シアラー本人です!
地元ニューカッスルに生まれ、憧れのニューカッスル・ユナイテッドのセレクションを受けたものの失敗。その後、ブラックバーンでプレミアを制した後、あのマンチェスター・ユナイテッドからのオファーを断り、子供の頃からの夢であったニューカッスルで今もゴールを量産し続ける、地元ニューカッスルの英雄。そして、“イングランド最後のセンター・フォワード”アラン・シアラー、本人の出演です。
ジェリーとスーエル、二人の少年には共通の夢があった。それは大好きなニューカスル・ユナイテッドの試合をスタジアムで観戦すること。手には砂糖とミルクたっぷりの紅茶を持って。遠い昔、父親と出かけたあの日のように…。
このニューカッスルというところがまず一番のポイント。そして、彼らが憧れるスタジアムがニューカッスルの本拠地“Saint James’s Park”。
これがマンチェスター・ユナイテッドやアーセナルでは、そしてオールド・トラフォードやハイベリーでは、この映画の魅力は半減でしょう。
いかにも“おらが街”という感じのニューカッスル、そして街の英雄アラン・シアラー、この時点でこの映画の成功は約束されたようなものです。
冒頭、暗闇の中二人が何をしているかというと、なんとスタジアムの芝生を掘り起こして盗んでいます。
翌日、ニューカッスルの広報が「愚かなる蛮行」「冒とくだ」とコメントを発表する中、彼らには理屈があったのです。
「試合の一部になれないから、一部を頂く」。
この時点ですでにサッカーへの愛が溢れ出ています。
ジェリーがスーエルに語ります。
「“フィールド・オブ・ドリームス”だ。いつか競技場で、試合を見よう。
雰囲気を味わうために早々と行って、まず紅茶だ、砂糖は2つ、ミルクたっぷりで。
選手が登場したら、立ち上がって、クレイジーな声援。
試合が始まったら、リラックスして、席に座って、ゆっくり紅茶を飲みながら観戦、サイコーだ」
この台詞最高ですが、バックに流れるのはなんと実際のスタジアムのクレイジーな声援。
冒頭からもうたまりません…。
「つまり何の話だよ?」と問うスーエルに、ジェリーの一言。
「シーズン・チケットだ」
ここから、二人の、シーズンチケットを求めての奮闘が始まります。
シーズンチケットは1枚500ポンド。彼らにしてみれば大金です。
二人は学校にも行かず、万引き、タバコ、クスリは当たり前と、はっきりいってめちゃめちゃですが、チケットを手に入れるためには全てを捧げるんだと、タバコもクスリも辞めて節約。ありとあらゆる手段でお金を集めようとします。
それでもやっていることはどれもめちゃめちゃで、とても褒められたものではありませんが、それだけ見るとなんだよという話になってしまいますが、すべてはサッカーへの愛、それが前提にあるからこそ、こういったシーンも見られます。ユーモアが随所に効いているのもありますが。
冒頭、ジェリーはスーエルにこうも言います。
「チケットと一緒に何が手に入ると?“敬意”だよ」
彼らだって、自分たちはとんでもないろくでなしだということは誰よりもわかっています。
だから、普通のチケットではだめなんです。憧れの、敬意の対象シーズンチケット。
二人がせっせとお金を貯めている折、相変わらず学校に行かないジェリーに、ソーシャルワーカーの女性が、ご褒美を上げるから2週間でいいから学校へ行ってと懇願。
永遠に行かないとつっぱねるジェリーですが、ご褒美がサッカーのチケットと知ると学校へ。
ジェリーが学校の授業で、お父さんと初めてサッカーを観に行った時の話をするシーン、このシーンもたまりません。このシーンにはネタバレがあって、ネタバレの時にさらにやられます…。
そして、もらったチケットでいよいよスタジアムに。
しかしそれはなんとニューカッスルの宿敵サンダーランドの本拠地“Stadium Of Light”のチケット!
サッカーはド素人のソーシャルワーカーの女性は、よりにもよって宿敵のホームゲームのチケットをくれたのです。
スタジアムへ向かう途中の二人の会話。
「見ろよ、輝くスタジアム」
「強大な便器さ」
「ここは敵の陣地だ、用心して沈黙で行く」
「ムリだよ」
「連中に見つかったら、殺される」
この殺されるというのが冗談では済まないのが、イングランドの恐ろしさでもあり素晴らしさでもあります。
日本でもホームとアウェーという区分けはありますが、そこまで勝敗にはっきりとした影響はありませんが、サッカーの本場では、格下チームでも、トップチーム相手でもホームではそう簡単には負けません。
そして、敵地で自らのチームの応援をするなどまさに命賭け。文字通り戦争です。
しかも、よりによってニューカッスルとサンダーランド。ここは少しサッカーの知識が必要ですが、わずか15キロしか離れていない両チーム、イングランド屈指の熱いダービーの一つ、“タイン・ウェア・ダービー”です。
宿敵のホームゲームなど見たくないため、二人はチケットを売ってお金にしようとしますが、売れないので仕方なくスタジアムの中へ。
あんなに嫌がっていたのに、その圧倒的な光景に、思わず言葉を失う二人。
「悪くないな」
「うちのピッチにはおとるけど、まあまあだ」
しかし、スタジアムにはもちろんサンダーランドのファンばかり。
“敵はニューカッスル ブチのめせ”などという応援歌に、仕方なく拍手する二人。
「来シーズンこそ、ホームのピッチで見ようぜ、ここでは雰囲気を味わうだけだ」と、決意を新たにする二人。
計画はさらにエスカレートしていきます。
練習場に観に行くと、運良く練習後にサインをもらえることもあるみたいですが、二人はなんと憧れのシアラーにシーズンチケットを下さいと頼むことに。
そしてついに、なんとあのシアラーが手の届く距離に。この時の二人の表情はなんとも言えません。
自分にとっての一番の憧れの人物が、ほんとに目の前にいるのです。そういう時に人はこういう表情をするんだろうなぁという表情です。
しかし、いざシアラーにチケットを頼むものの、笑って軽くあしらわれてしまいます。
「何を期待したんだ?」を尋ねるスーエルに、「敬意さ。いつか、振り向かせてやる」とジェリー。
二人は練習場の駐車場に止めてあった車を盗んで走り出しますが、その車がなんとシアラーの車!
CDをかけろよとジェリーに言われて、スーエルがシアラー所有のCDを見て一言。
「ウソだろ、アラン。ダサいのばっか」。
この車のシーンでもたまらない台詞が。
「大した参謀だよ。チケットをねだった上に、車までパクるなんて」
「でも手に入れたろ」
「何をだ?」
「孫に聞かせる話さ」
ニューカッスルに住む人々にとっては、ノーベル賞を貰うことよりも、シアラーの車を盗んだことの方が誇りでしょう。まさに街中の人々に自慢できる、孫の代まで語り継がれる話です。
こういうふうに、サッカーがほんとに生活に浸透していて、ここまでサッカーを愛している人々がほんとに羨ましくて仕方がありません。
ラストへ向けては伏せておいた方がいいでしょう。
そして、全シーンの中で、このラストシーンが一番素敵です。
衝撃のラスト!とはまた違って、サッカー好きにはまさに至福のラストシーンです。
最後に、これまた素敵なキャッチコピーの言葉。
“涙が出そうになった時、ぼくらはスタジアムの風を想う。”
この作品も、今まで紹介してきたイギリス映画の数々と似た感じですが、感じとしては一番『Sweer Sixteen』に近いかもしれません。
やっていることはめちゃめちゃで、許されることではありませんが、その根底にあるのは、たった一つの純粋な気持ち。
そして、ハリウッドでは絶対に撮れない作品でもあります。というよりイギリスでしか撮れません。
サッカー関連の自分の一番の夢は、大好きなマンチェスター・ユナイテッドの本拠地オールド・トラフォードでの観戦ですが、砂糖2つにミルクたっぷりの紅茶を片手にセント・ジェームズ・パークでのニューカッスル戦観戦、またまた素敵な夢が一つ加わりました。
今回は万人にお薦めとまでは言い切れませんが、サッカー好きにはほんとに宝物のような作品です。
[原題]Purely Belter
2000/イギリス/99分
[監督]マーク・ハーマン
[出演]クリス・ベアッティ/グレッグ・マクレーン/アラン・シアラー
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