『HERO』(チャン・イーモウ)

紀元前200年、中国。のちに始皇帝と呼ばれることになる秦王のもとに、一人の男がやってくる。
男が手にしていた一本の槍と二振りの剣には、中国全土の中でも最強といわれる三人の暗殺者の名が刻まれていた…。

これまで紹介してきた3作品は、どれも素晴らしい作品ばかりですが、どれも単館系の作品でした。
しかし、今回は世界の市場を視野に作っただけのことはあり、超大作。キャストからスタッフまで超豪華メンバーです。

俳優陣より先にまずスタッフの方からいくと、予告編やCMの印象では、『少林サッカー』のアクション監督チン・シウトン、そしてマトリックスのCGチームが参加とあって、アクション面のスタッフの方が大活躍と思っていましたが、実際観てみて、一番はダントツでワダエミさんでしょう。

ストーリーが繰り返し語られる度に、赤、緑、青、白と衣装もその色を変えていきますが、すべて手染めで作られたというその衣装はほんとに見事です。

チャン・イーモウも「私が欲しい赤は一種類だったのですが、彼女は百種類の赤を染めて選ばせてくれました。本当に感動しました」と語っていましたが、さすがのチャン・イーモウもこれにはびっくりでしょう。

映画学校時代に日本映画の巨匠たちの映画はほとんど見ており、黒澤明を尊敬してやまないというチャン・イーモウ、彼女の起用も『乱』を観てのことかもしれませんが、黒澤明の影を感じるのはなんといってもストーリー展開でしょう。
実は・・・という形でストーリーを語り直すというのはまさに『羅生門』。日本人には嬉しいポイントです。

そして、クリストファー・ドイル。同じ義侠映画であるウォン・カーウァイの『楽園の瑕』でも撮影を担当した彼ですが、今回も印象的なシーンは数知れず。
紅葉の葉色づく林の中での“飛雪”と“如月”の戦い。湖の上での“無名”と“残剣”との戦いなどなど。

それにしても、これはクリストファー・ドイルというよりは、チャン・イーモウの徹底的なこだわりといった方がいいでしょうが、パンフレットにはとんでもないエピソードが載ってました。

先ほどの林のシーンでは、「先にスタッフを一人派遣しておき、紅葉の具合を逐一ビデオにとって報告させ、完璧に紅葉するやいなや、撮影隊はロケ地に急行すると、落葉を等級分けし、黄金色の等級は女優たちの顔に吹き付けるために、一級色の落葉は画面の前、二級色は画面の後ろに舞うように、そして三級色は地面に散らせるために分け、同時に三、四台のカメラを回して撮影した。」というのです。
ということは、葉っぱはもちろん全部本物。それを扇風機で吹き付けたというからびっくりです。

さらに湖のシーンでも、「湖が静まりかえり鏡のようになる時間帯は一日のうち2時間ほどしかないため、このシーンを撮り終えるのに約二十日かかった。」という徹底ぶり。
その美意識と、完璧主義に脱帽です。

確かにCGもふんだんに使われていますが、それだけで終わらない映像の素晴らしさは、こういったチャン・イーモウの徹底したこだわりによるのでしょう。

さて、キャストですが、この映画の主演はもちろんジェット・リーでしょうが、なんといってもトニー・レオンとマギー・チャンでしょう。この二人の共演と聞いた時点ですでに外れはありません。『花様年華』で大人の愛を見せてくれた二人が、またまた魅せてくれました。

チャン・ツィイーは『初恋のきた道』に続いてのチャン・イーモウ作品。『グリーン・デスティニー』ではチョウ・ユンファ、ミシェル・ヨーを完全に喰っていましたが、さすがのチャン・ツィイーも、確かに役柄の差もありますが、トニー・レオンとマギー・チャンの前にあっては出る幕なしでしょう。

二人とも、台詞がなくても、大げさな表情がなくても、“目”だけで魅せることができる役者です。
微笑みながらも決してそれだけで終わっていないトニー・レオンの目、今回も随所に魅せてくれます。
マギー・チャン、背を向け、全部振り返るのではなく4分の3ほど振り返りながら見せるあの悲しい目、あれだけでいちころです。

それにしても、観る前は完全にエンターテイメント大作だと思っていましたが、観てみてほんとにびっくり。確かにアクションシーンは凄いですが、そのアクションシーンでさえも、“無名”自身が“静と動の調和”と語ったように、ただ圧倒的に押しまくるアクションではありません。
決闘のシーンでも、一番印象に残ったのは“無名”と“長空”の一戦。目を閉じ対峙したまま意識の中で戦う二人。
同じワイヤーアクションを使っても、“感性”次第ではこういうふうにもなりえるんだと。

そしてこの映画は、登場人物それぞれの“思い”に胸がいっぱいになる映画でした。

HERO ジェット・リー

国の頂点に立ち全てを支配しながら、10年間誰も100歩以内に近づけたことがないという、誰よりも孤独な男。

一番の敵が一番の理解者であることを知り、もはや命は惜しくないと語る男。

自らを殺すことを許し、一度は剣を持つ相手に背を向けながら、自らを生かしてくれたその男を殺すように命じる男。

殺さなければ自分が死ぬことがわかっていながら、“残剣”の思いを胸に自らの死と国の平和を選んだ男。

“無名”の失敗を知り愛する男に刃を向けた女。

そして、彼女に信じてもらうため自らその刃に倒れた男。

愛する男を殺したその刃に自らの体をも貫かせ共に倒れた女。

そんな二人(男の方は自分も愛している)を見て立ち尽くすしかない女。

同士たちの死を知り一生槍を置くことを誓った男。

その思いの深さにほんとに胸が苦しくなりました。

そして、『めぐり逢う大地』の時に、“ホープ”という名前が全てでしたというようなことを書きましたが、今回は“無名”。

始皇帝暗殺事件としては“荊軻”があまりに有名で、チェン・カイコーの『始皇帝暗殺』でも荊軻でした。
しかし、今回は“無名”。

“残剣”が命を賭けて託した“天下”への思い。
歴史の片隅にも残らない、名もなき人々の天下の平和への希望、祈り、夢。

チャン・イーモウ自身が、「天下の和平は個人の怨念より大切、という概念は最初から持っていました。クランクイン一ヶ月後にアメリカで同時多発テロが起こり、その思いを強くしたのです。」と語っていましたが、今も世界中で行われている“怨念”と“復讐”による争い。それに対する、名もなき人々を代弁するチャン・イーモウの平和への想い。

毎回観ているこちらにメッセージを投げかけてくれるチャン・イーモウ。作品のスケールは大きくなろうが、CGを使おうが、チャン・イーモウはやっぱりチャン・イーモウでした。

 

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[原題]英雄
2002/香港・中国/99分
[監督]チャン・イーモウ
[アクション監督]チン・シウトン
[撮影]クリストファー・ドイル
[衣装デザイン]ワダエミ
[出演]ジェット・リー/トニー・レオン/マギー・チャン/チャン・ツィイー/ドニー・イェン/チェン・ダオミン

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