『グラン・トリノ』(クリント・イーストウッド)

グラン・トリノ

「世の中には、決して怒らせてはいけない男ってのがいるのを知らないのか?例えば、俺だよ」

そこに立っているだけで十分という、圧倒的な存在感。
孫ほども歳の違うチンピラどもを震え上がらせる、指ピストルの凄み。

男の中の男、クリント・イーストウッド、俳優人生最後と語る、その落とし前、しっかりと目に焼き付けてきました。

というわけで今回は、クリント・イーストウッド最新作、『グラン・トリノ』です。

グラン・トリノ クリント・イーストウッド

この映画、たった一言で言うなら、“アメリカン・スピリットの継承”。

『センチメンタル・アドベンチャー』の甥っ子、『ハートブレイク・リッジ/勝利の戦場』の新兵、『ルーキー』の新米刑事など、今までも事あるごとに若者を鍛え上げてきたイーストウッドが最後に選んだのは、イエローと差別するモン族の少年でした。

今までで最も出来の悪い弟子ですが、一つ、また一つと、アメリカの男たる者かくあるべしと、少年に叩き込んでいきます。

ラスト前、グラン・トリノがもらえると思いこんでいた孫娘はまさかの展開に言葉を失いますが、息子の顔には驚きの表情はありませんでした。
自分たちには、親父の誇りを受け継ぐ権利なんかないと、ほんとは誰よりもわかっていたのが彼ではなかったでしょうか。

庭の芝生をきれいに刈り揃え、家や家具の修理も余裕でこなし、可愛い女性を見かけたら口説きにかかり、床屋のオヤジとは互角の男の会話を繰り広げる。

そんな“一人前の男”にしか、古き良きアメリカの象徴、72年型グラン・トリノに乗る資格はありません。

家族だからというだけで、それが受け継がれるわけではないのです。

グラン・トリノ ジョン・キャロル・リンチ

遠く離れた身内よりも、近くの他人。
血の繋がりよりも、心の繋がり。

これまた、『アウトロー』『ブロンコ・ビリー』などに代表される、イーストウッド映画の大きなテーマの一つ、“疑似家族”。

血の繋がった家族とすらもはや心は離れたままなのに、心を許せたのは、英語もろくに話せない、遠い異国からやってきた人々でした。

グラン・トリノ

表情を見ただけで、心の中を全て見透かされてしまった祈祷師、ツバ吐きにはツバ吐きで対抗してくる、庭先の勝負相手のおばあちゃん。(このおばあちゃん、全くの素人のはずですが、凄まじい存在感で天下のイーストウッドと完全に互角)

さらに、『許されざる者』以来描き続けている、自らの贖罪。

まるでイーストウッドのために書いたとしか思えないくらい、新人脚本家ニック・シェンクの書いた脚本は、イーストウッド映画の集大成と呼ぶに相応しい、イーストウッド映画の全てが詰まったものでした。

さらに、マカロニウエスタンやハリー・キャラハンで演じてきた自分にも自らケリをつけたとあっては、確かに、俳優としてはこれ以上何もやることはないでしょう。

ただ、ただです。
これで終わりでは、あまりに完璧すぎじゃないですか?

そんなこと言ったっけ?と、知らぬ顔で『ダーティーハリー6』撮って下さいよ!

ともあれ、なんでこれがアカデミー賞にノミネートすらされない?という、CGだけで中味の何もないハリウッド映画が氾濫する時代に、自分以外誰も有名な役者が出ていない、お金も全くかかってなさそうな、それでいて、文句なしの傑作。

もし本当に俳優としてはこれが最後だとしても、監督としてまだまだ傑作を連発してくれることでしょう。
ベルイマンやアントニオーニが90歳になっても撮ってたことを思えば、イーストウッドならあと20年は余裕でしょう。

リアルタイムでこの映画を観られた幸せ。
年に1本しか映画を観ないという方も、この映画以外に選択肢はありません。

 

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[原題]Gran Torino
2008/アメリカ/116分
[監督]クリント・イーストウッド
[脚本]ニック・シェンク
[音楽]カイル・イーストウッド/マイケル・スティーヴンス
[出演]クリント・イーストウッド/ビー・ヴァン/アーニー・ハー/ジョン・キャロル・リンチ

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