「覚えてる?私達の出会いを」
「覚えてます」
「触れた手は?」
「覚えてます」
まだ見ぬあなたの、初めて聞いた声は男に抱かれる喘ぎ声だった。
そして、あなたの手がこの体に触れたあの瞬間、全ては始まった。
たった一度の触れ合いが、永遠の愛の始まりだった…。
若き仕立屋見習いへの、女からの助言。
「この感触を忘れないで。そうすれば、美しい服を作れる」
恍惚の時間…。
他の男に会うための服を仕立て、他の男と電話で話すのを傍らで聞き、それでも男は今日も女の部屋を訪れる。
しかし、ある日女は男の前から姿を消す。
数年後の再会。
「また・・・服を作ってくれる?」
「採寸して」
「必要ありません。あなたの体型は知ってます。この手が覚えてます」
背後から、女の体に手を滑らせる男。
肩、腕、腰…。
強く抱きしめる男。
涙を流す女。
他の男に抱かれる声を聞き、舞い戻った誰もいない仕立工房で、机に置かれた女のドレスに手を入れる男。
そして、最後の時。
「手じゃイヤ?」
蘇るあの日の感覚…。
元々は1930年代の上海を舞台に撮りたかったようですが、SARSの影響で断念し、結局は“いつもの”1960年代香港。
オープニング、闇夜に浮かび上がる電灯の灯りと雨音だけで、もう一気にウォン・カーウァイの世界に引き込まれます。
“想い”を描かせたらウォン・カーウァイは凄いですが、今回は、若き仕立屋の高級娼婦への想い。
オープニングの会話がラスト近くでまた繰り返されますが、オープニングでは画面に映っているのはチャン・チェンだけで、コン・リーは声だけ。
2回目は二人とも映ります。
凄いのは、声から想像していたコン・リーの姿と、実際に現れたコン・リーがほとんど違わなかったこと。
声だけで姿まで想像させたコン・リーは凄い。
そして、たった40分で女の一生を見せきりました。
見習いから一人前の仕立屋までを見事に演じきったチャン・チェンも素晴らしい。
コン・リーとチャン・チェンという完璧な配役を得て、まさにウォン・カーウァイの世界。
『2046』にはがっかりしましたが、『欲望の翼』『楽園の瑕』『花様年華』(『恋する惑星』はまた少し違うのでここでは除きます)の、あのウォン・カーウァイが帰ってきました。
この映画、オムニバス映画『愛の神、エロス』の中の一作で、他のソダーバーグとアントニオーニのには裸の女性が出てきますが、脱がないこの映画の方が遙かに官能的。
自分がウォン・カーウァイ監督の大ファンだということを差し置いても、3作品の中ではずば抜けてますね。
「余白や空白が多ければ多いほど、人間の想像力はかきたてられる」
~ウォン・カーウァイ~
2046 4Kレストア UHD+Blu-ray [Blu-ray]
[原題]愛神之手2004/フランス・イタリア・ルクセンブルグ・アメリカ・中国/109分
[監督]ウォン・カーウァイ
[原案]ミケランジェロ・アントニオーニ
[撮影]クリストファー・ドイル
[美術・衣装]ウィリアム・チャン
[出演]コン・リー/チャン・チェン
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