『天国と地獄』(黒澤明)

天国と地獄

ネットで見かけたエド・マクベイン氏死去のニュース。どこかで見かけた名前だなぁと思って調べてみたら、『天国と地獄』の原作者でした。

というわけで、エド・マクベイン氏追悼記念ということで、『あの夏、いちばん静かな海。』に続いて2本目の邦画、黒澤明の傑作サスペンス『天国と地獄』です。

ナショナル・シューズの権藤専務(三船敏郎)は、自分の息子と間違えられて運転手の息子が誘拐され、身代金3000万を要求される…。

サスペンスなのでこれ以上詳しくストーリーについて書けないのが残念ですが、脚本の素晴らしいこと!

さらに、捜査会議のうだるような暑苦しい空気、黄金町の麻薬中毒者たち、何時間にも及ぶ代わる代わるの尾行、全篇モノクロの中煙突から出た桃色の煙、江ノ電の音、ウエスタンハット、子供が書いた絵などなど、雰囲気や小道具も文句なし。

中でも白眉は、身代金受け渡しのシーンでしょう。

天国と地獄 黒澤明

客に紛れて乗車している刑事たち、突如鳴る呼び出しのアナウンス、走り続ける特急こだま、鉄橋、土手、そして思いもかけない受け渡しの方法。
このシーンの緊迫感は凄まじい。

さらに、この映画の凄いところは、身の代金の受け渡しが映画の半分より前で、さらにその倍以上も映画が続くのに、まったく緊張感が途切れないこと。

また、犯人と警察とのやりとりのサスペンスだけでなく、登場人物たちの心理描写も素晴らしい。

身代金を払ってやりたいのは山々ながらそうもいかない事情があり思い悩む専務、お金持ちの家の生まれという設定が効いているその妻、さらわれた子供と一緒に遊んでいた二人の息子、床に頭を擦りつけ懇願し、身代金受け渡し後は迷惑をかけたからと犯人探しに奔走する運転手、犯行の動機がなるほどの犯人、それぞれが本当に丁寧に描かれています。

仲代達矢を始めとする捜査陣も、志村喬がチョイ役(立場は偉いが役としてはチョイ役)で出ているなど豪華な顔ぶれ。他にも『七人の侍』のメンバー千秋実や木村功が出ています。

犯人が花屋に入った際に、仲代達矢から後を追えと言われた部下が、ざっと周りを見渡し、「あいにくと花を買いに行くような面は・・・」、これには爆笑。

それにしても、“絵”が素晴らしいのがこの映画ですが、やはり一番の傑作はこれでしょう。
クーラーもない暑苦しい狭いアパート、その窓から毎日見上げた光景、それはあまりにも壮大で、どこまでも美しかった…。
このショットがこの映画の全て。どんな言葉よりも雄弁に語っています。

黒澤明は時代劇だけじゃない、それは『酔いどれ天使』や『野良犬』を観れば明らかですが、この作品も一級品のサスペンス。

 

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1963/日本/143分
[監督]黒澤明
[原作]エド・マクベイン
[出演]三船敏郎/香川京子/江木俊夫/佐田豊/島津雅彦/仲代達矢/木村功/加藤武/三橋達也/志村喬/藤田進/千秋実/東野英治郎/藤原釜足/西村晃/名古屋章/菅井きん/山崎努

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