『アパートの鍵貸します』(ビリー・ワイルダー)

アパートの鍵貸します

今回は、『情婦』に続いて2本目のビリー・ワイルダー作品から、『サンセット大通り』と並んで彼の代表作と言われている作品。

観て早々オールタイムベストにも入れたように、たまらなくを通り越して死ぬほど好きな作品。

保険会社のしがない平サラリーマンのバドは、上司たちの情事用に自らのアパートの部屋を貸す。
しかし、ある日連れ込まれた女性は、前から想いを寄せていたエレベーター・ガール、フランだった…。

アパートの鍵貸します ジャック・レモン シャーリー・マクレーン

まず触れなくてはいけないのがタイトル。最近は原題をそのまま片仮名にしただけという安易な、そしてわかりにくい邦題が多い中、昔の映画には素晴らしい邦題がたくさんありますが、本作も傑作の一つ。
『The Apartment』を『アパートの鍵貸します』としたのは、映画の内容を一言で表していて見事の一言。

ヒューマン・コメディともラブ・コメディとも言える作品ですが、コメディというジャンルにおいて、完璧という言葉も許されるであろう傑作中の傑作。

しかも、この映画のポイントは、ただ笑えるだけのコメディに終わらず、哀愁漂うコメディだということ。こんな映画はそうはありません。
当ブログでイギリス映画についてよく使う“悲哀とユーモアのバランス”、この映画はアメリカ映画ですが、まさにその最高峰でしょう。

その悲哀を見事に魅せてくれたのは、名優ジャック・レモンの極上の演技。
可笑しさと哀しさをこうも両立させられる俳優は他にいないでしょう。
対するシャーリー・マクレーンの飛びきりの可愛さ!

オープニングにナレーションから始まるのがビリー・ワイルダーの映画ですが、今回のナレーションも秀逸。
ジャック・レモン扮するバド、彼の勤務する会社の本社の従業員は31259名、その数字、そして信じられないくらい広いオフィスの映像が、いかにバドがただのしがない平サラリーマンでしかないかということを、一瞬にして観客にわからせてくれます。

先ほど書いたように、バドは自らのアパートを上司たちの情事の場所に提供しているわけですが、そのため、帰りたい時間にも帰れず、夜中に突然電話がかかってきて今から貸してくれと追い出されたり、それでも彼らに部長に掛け合ってもらって昇進したいバドは断れません。夜中に家を追い出され、一人夜の公園のベンチで佇むバド…。

仕事中に、上司たちに次々と電話をかけ、“日程調整”するシーンは抱腹絶倒。
偉そうに部下たちとしゃべっていた上司たちが、バドからの電話に急にまじめに話し出すあたりも笑えます。

アパートの隣人の医者には、バド自身が次々に女性を連れ込んでいると勘違いされているため、その“鉄製”の体を献体するよう遺言に書いてくれと頼まれる始末。
その勘違いのため、部屋から追い出される時に、“お静かに 近所から苦情が出ています”とメモを残していくあたりも、相変わらずビリー・ワイルダーの話術の見事なところ。

小道具の使い方も抜群。テニスラケット、拳銃、シャンパン、中でも、割れた手鏡でバドがすべてを悟るシーンはほんとにうまい!

アパートの鍵貸します 割れた手鏡

先ほど哀愁という言葉を使いましたが、フランに、実はデートなんだと見知らぬ女性のことを指差しながら、彼女が去った後一人売店で本を買うシーン、隣人の医者に「“女は使い捨て”が主義で」と心にもないことを言うシーン、ともにきます…。

極めつけは、テニスラケットの上に残った1本のスパゲッティ。
テニスラケットの上のスパゲッティがこれほどの哀愁を漂わせるなど、後にも先にもこの映画だけでしょう。

アパートの鍵貸します テニスラケット スパゲッティ

バドがフランに言う「I love you」、今までいろんな映画で何百回と聞いてきた「I love you」ですが、これほど響いたのは初めて。

最後の最後までお互いにファーストネームで呼ばないところも素敵。

そして、どこで出てくるシーンかは観てのお楽しみですが、二人でカードをやる時の、シャーリー・マクレーンの極上の笑顔。

アパートの鍵貸します ジャック・レモン シャーリー・マクレーン

ジャック・レモンとシャーリー・マクレーンの最高のコンビに、完璧な脚本、完璧な演出、見事な伏線、何気ない極上のセリフの数々、そして至福のラストシーン。

悲しくて、可笑しくて、切なくて、温かい、極上の1本。

 

アパートの鍵貸します [Blu-ray]

[原題]The Apartment
1960/アメリカ/125分
[監督]ビリー・ワイルダー
[脚本]ビリー・ワイルダー/I・A・L・ダイアモンド
[出演]ジャック・レモン/シャーリー・マクレーン/フレッド・マクマレー

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