『地獄の英雄』(ビリー・ワイルダー)

地獄の英雄
以前DVD化の話を取り上げましたが、ようやく観れました。
今回は、ビリー・ワイルダー第10弾『地獄の英雄』です。

ルビッチの弟子としての『アパートの鍵貸します』や『お熱いのがお好き』のような作品群があるビリー・ワイルダーですが、『サンセット大通り』や『失われた週末』など、シリアスな映画でも傑作を連発しています。

今回は、そんなシリアス路線のワイルダーが凄みを見せた作品。

問題が多く、ニューヨークの一流新聞社をクビになった、アル中の記者テータム(カーク・ダグラス)。

アルバカーキの小さな新聞社で職を見つけた彼ですが、特ダネをつかんで都会への復帰を狙うものの、こんな田舎では、都会では新聞の片隅にも載らないような話が一面を飾る始末。

すぐにニューヨークに戻るはずが、1年が過ぎてもまだそのまま。

ある日、別の取材のために出掛けた彼は、たまたま通りかかった場所で、ある話を耳にします。
どうやら、一人の男が岩山に閉じ込められてしまった様子。

問題は多々あるものの、一流新聞社に勤めていただけのことはあり、頭は誰よりもキレるテータム。
やっと訪れたチャンスと、一大作戦が始まります。

この閉じ込められた男リオ、その岩山にはインディアンのお宝を盗みに探しに行ったわけですが、そこにつけ込んだテータム。
悪霊の呪いだなんだと書き立て、どんどん話を大きくしていきます。

地獄の英雄 カーク・ダグラス
しかも、ちゃんと救出しようとすれば数時間で助けられるところを、保安官まで買収し、わざと時間のかかる救出方法を選択。

そうこうしているうちに、新聞を見た人たちが、一人、また一人と集まってきます。

うだつのあがらない夫にうんざりして出ていこうとしていたリオの妻も、テータムの悪魔の囁きに簡単に落ちます。
これからどんどん人が集まってくる、店の売上だって凄いことになるぞ、こんなおいしい話はないぞと。
話を盛り上げるには、“夫を心配して泣きくれる妻”というキャラクターが必要なのです。

こうして、一人岩山に閉じこめられたリオをよそに、特ダネをつかんでニューヨークに帰りたいテータム、名を売って選挙で再選されたい保安官、夫を捨てて大金を手にしたい妻と、自分のことしか考えていない連中によって、話はどんどん大袈裟な展開に。

近所だけでなく、遠方からもどんどん野次馬が駆けつけ、ほとんど車なんか通らなかった田舎が、一大観光地に。

最初は岩山には誰でも無料で入れたわけですが、15セント、50セント、1ドルと、跳ね上がる入場料。

一番初めの見物客となった家族も、マスコミ相手に自らの保険商売の宣伝を始める有り様で、ワイルダーの批判の対象は、一人の悪徳記者に代表されるジャーナリズムとその周りの人々にとどまらず、一般大衆にまで向けられています。

「One murder makes a villain,millions a hero.Numbers sanctify.」と言ったのはチャップリンですが、「被害者が84人でも284人でも、100万の中国の飢餓でも、読者はすぐ忘れちまう。ひとりだと、その人間に興味がわく」とテータム。

田舎のうだつのあがらない一人の男が、テータムの“作られた記事”だけで、瞬く間に全米中の話題を独占。

今や、新聞に真実だけが書いてあるなんて信じている人は誰もいないでしょうが、50年以上も前に、ジャーナリズム批判にとどまらず、マス・ヒステリーにまで鋭く切り込んでいます。

現在ではワイルダーの代表作の一つと言われていますが、当時は失敗作と言われたというのも、“早すぎた傑作”だったということでしょう。

最後に、『地獄の英雄』という邦題はかなり微妙で、原題『Ace in the Hole』は、観た後では上手いタイトルですね。

 

地獄の英雄 [DVD]

[原題]Ace in the Hole
1951/アメリカ/111分
[監督]ビリー・ワイルダー
[出演]カーク・ダグラス/リチャード・ベネディクト/ジャン・スターリング

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