『八月のクリスマス』(ホ・ジノ)

八月のクリスマス

これまでに見た恋愛映画の中でも10本の指には必ず入るぐらい、個人的には恋愛映画の最高傑作の中の1本。
『シュリ』のハン・ソッキュが、また全然違う顔を見せてくれてます。

小さな写真館を営む男と、交通取締員の女性。
客として彼女が訪れてから、次第に何度も通うようになり、次第に惹かれあっていきます。

男の方が死が近いということが観客にだけわかっていて彼女は知らないわけですが、病気を前面に出して感情に訴えかけるとかそういうことはまったくなく、淡々と2人の何気ない会話が続いていきます。

彼女との会話ももちろん、男とその父親との会話など、ちょっとした会話がほんとに抜群です。
父親にビデオの操作方法を教えるシーン、最高です。
あとになって、操作方法を紙に残しておくところでまたやられました。

当ブログで紹介しました『秘密と嘘』の時にも書きましたが、人間関係と人の感情だけで見せる、これぞ映画といえる作品です。
この映画は無駄な台詞がほんとに少なくて、これほど行間を考えさせられる映画もそうはありません。

八月のクリスマス

『秘密と嘘』でも写真屋さんが出てきましたが、この写真屋さんというのがまたいい味を出してくれる職業です。
いろんな人たちが写真を撮りに来て、それぞれが背負ってきたものを、その表情に凝縮させる手法は見事としかいいようがありません。

とても印象的なシーンが一つ。
ある家族が、昼間に、子供からおばあちゃんまで一家総出で家族写真を撮りに来ます。

その夜、今度はおばあちゃんだけが1人で写真を撮りに来ます、しかもよそ行きのちゃんとした格好をして。
そして、「昼間撮った写真撮り直してくれるか?」。
「なんで?」と問いかける主人公に、「お葬式に使うから」。

このたった3つの台詞に号泣です…。こんな感じで、台詞がほんとに最高です。
このシーンは後で効いてきます。

先ほど無駄な台詞が少ないと書きましたが、物語も終盤、この映画の凄いところは、ラスト15分以上、台詞がまったくありません。

彼女の手紙を男が読むシーンでも、普通は彼女の声が挿入され手紙の内容が読まれますが、それすらしません。
でも、そうすることによって、見る方で手紙の内容を想像し、それを読む男の表情が、想像をさらに膨らませてくれるわけです。

見る人によって、その手紙に書かれている言葉は無限のパターンをもつわけです。
このシーンの演出には、言葉もありません…。

それにしても、写真というものの怖さを改めて感じさせられた作品でもありました。
好きな言葉に「永遠は一瞬の積み重ね」という言葉がありますが、ある一瞬が次の一瞬につながる前に、その瞬間だけを切り取ってしまうのが写真です。

考えてみれば、すごく怖い作業です。永遠につながっていく一瞬というものが、写真の中でだけは、そこでプツリと切られてしまっているわけです。

自分にとってかけがえのない時間を撮っているはずの写真も、後から見てみるとどこか違和感があるのは、その瞬間から今までのつながりを絶たれているからかもしれません。
でも逆に、切り取ってしまったからこそ、その一瞬は永遠に残るのかもしれませんが…。

ずいぶんと映画自体とは話がずれていってしまいましたが、『シュリ』や『JSA』のようなハリウッドにも負けない大作も作れる一方で、この作品や『ペパーミント・キャンディー』のような、小さな名作も作れる韓国、恐れ入ります。

ラブシーンなど一切なくても恋愛映画は成立し、何気ない日常が実は何よりもかけがえがないという、ほんとに宝物のような作品。
これからも、繰り返し繰り返し観ていくことでしょう。

 

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[原題]8월의 크리스마스
1998/韓国/97分
[監督]ホ・ジノ
[出演]ハン・ソッキュ/シム・ウナ/シン・グ

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