『ウィンダミア夫人の扇』(エルンスト・ルビッチ)

ウィンダミア夫人の扇

エルンスト・ルビッチ第4弾。

前回ですでにルビッチの凄さは確信したので、今回はかなり期待していた分ハードルも高かったと思うんですが、何の心配もありませんでした。

そして、当ブログではチャップリンの『キッド』、カウリスマキの『白い花びら』に続いて、3本目のサイレント作品です。

制作はなんと1925年!でも、とても80年も前の作品とは思えません。
まったく古さを感じさせないどころか、こんなにもお洒落で粋な映画もそうはありません。

舞台は英国社交界。ウィンダミア卿と、その若くて美しい妻ウィンダミア夫人。夫人に思いを寄せるウィンダミア卿の友人ダーリントン卿。

そこへ、外国暮らしからロンドンに戻った謎のアーリン夫人が現れたことから、ドラマは始まる…。

このアーリン夫人、社交界では知られていないものの、その美貌と派手な衣装は人々の噂の的。
紳士淑女が集う競馬場に一人現れれば、たちまち人々はひそひそ話を始め、双眼鏡でその姿を覗きます。
ここらへんの描写からもう冴えに冴えていて、中でも典型的な噂好きの中年女性3人組のおかしさ、様々な角度からの双眼鏡を通してのアーリン夫人の姿。

3人組からそそのかされてウィンダミア夫人が覗こうとしたその瞬間、間に入って視界を遮る老夫婦、老夫婦が席を立ったので慌ててウィンダミア夫人が目線を送るとすでに立ち去っていたアーリン夫人、その絶妙な間合い。

そんなアーリン夫人に、社交界一の遊び人の呼び声高い独身のロートン卿が一目惚れし、話はさらに進んでいきます。

アーリン夫人の正体は実は映画の最初の方で観客には明らかになるんですが、サスペンスではないものの、ここでは一応伏せておきます。
映画の中ではその正体を知っているのはウィンダミア卿だけで、知らない人たちによる勘違いが、見事に絡んで話は進んでいきます。

ただ、ここではストーリーを書く代わりに、“ルビッチ・タッチ”の神髄を紹介していきましょう。

ウィンダミア夫人の扇 エルンスト・ルビッチ

今までの3本と違うところはサイレントという点で、その分さらに“目でわからせる”演出が絶品。
台詞も字幕で出ますが、全部出るわけではなくて、話の展開上どうしても必要な、核心部分しか出ません。

その他は、人物の口は動いていても、何と言っているかはわかりません。
でも、一字一句はわからなくても、こんなことを言っているというのは、手に取るようにわかります。そこが素晴らしい。

そこまでの流れ、ちょっとした目の動き、葉巻などの小道具、それらによって、まるでトーキーの映画を観ているように、何一つ不自由することはありません。
それどころか、下手に喋りすぎない分、人物の気持ちの微妙な駆け引きが堪能できます。

遠目に見えるアーリン夫人が誰かと愛を語っているのを見てしまったウィンダミア夫人。ただ、相手は手しか見えません。
しかし、それまでの展開から、ウィンダミア夫人の頭にはその相手は一人しか思い浮かびません。しかし実は…というような憎いほど巧い場面や、「紳士とある婦人との関係は、玄関のベルの押し方で分かる」と字幕を出しておいて、よそよそしい段階と親しくなった後の違いを“目で見せる”これまた唸る演出、そしてタイトルにもなっているウィンダミア夫人の扇の見事な使い方。

動きと、表情と、そして小道具だけで、こんなにも人の心を描き切れるなんて!

サイレント映画はまだ数えるほどしか見たことがありませんが、チャップリンやキートンがパントマイムで爆笑を誘うというのは、あれはあれで凄いですが、笑わせることはまだしも、こんなにも微妙な人の心の動きまで表現できるなんて!

ラストの余韻も見事としか言いようがありません。

相変わらず、ルビッチ監督凄すぎます…。

 

ウィンダミア夫人の扇 [DVD]

[原題]Lady Windermere’s Fan
1925/アメリカ/72分
[監督]エルンスト・ルビッチ
[原作]オスカー・ワイルド
[出演]メイ・マカヴォイ/バート・ライテル/アイリーン・リッチ

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