
「どうして、初対面の私なんかに、いきなり家に泊まれなんて言ってくれたんですか?」
「だって、ガッチャマンの歌を完璧に覚えている人に悪い人はいませんからね。たぶん」
今回は、カウリスマキの大ファンを自認しながら今まで観ていなかった、全編フィンランドロケの邦画『かもめ食堂』です。
ここならやっていけるかなぁと、おにぎりがメインメニューの食堂を始めたサチエ。
目を瞑って世界地図を指さしたら、たまたまこの国だったからやってきたミドリ。
ニュースでエア・ギター選手権を目にし、その人間性に惹かれてやってきたマサコ。
日本から遠く離れたフィンランドで、3人の奇妙な生活が始まる…。
たった一人で異国の地で食堂を始めたサチエ。
開店して1ヶ月、誰一人客は来ないものの、意に介する様子もなく、今日もグラスを磨き、窓越しに外を眺める。
初めての客は、“かもめ食堂”の文字にひかれて入ってきた、日本かぶれの若者。
「ガッチャマン好きですか?」

ガッチャマンで通じ合う日本人とフィンランド人。
「全部ご存じ?」
“誰だ 誰だ 誰だ~♪”
“誰だ 誰だ 誰だ~♪”
この続きって何だっけ…。
立ち寄った本屋で、日本語の本を読んでいる女性を見かけたサチエは、思い切って声をかける。
ここでは珍しい日本人を見かけ嬉しくなり、普通なら「日本から来た方ですか?」とでも話しかけるところでしょう。
しかし、サチエの頭の中にはガッチャマンのことしかありません。
初対面の相手に一言、「あのう、ガッチャマンの歌ご存知でしょうか?」
思いもよらぬ一言に、びっくりする女性。
「は?ガッチャマンですか?あ、あ~、わかりますけど」
「教えていただけないでしょうか?」
すらすらと歌い出す女性。
“誰だ 誰だ 誰だ~♪
空の彼方に 踊る影~♪”
あ~!空の彼方にか!
“地球は一つ 地球は一つ お~ガッチャマン~ ガッチャマン~♪”
フィンランドの本屋さんで、ガッチャマンの歌を熱唱する日本人女性二人(笑)
お互いの名前すら知らないのに、ガッチャマンによって結びつけられた二人。
ガッチャマンのお礼にとサチエはミドリを家に泊めてあげることに。
何もせずにお世話になってばかりでは申し訳ない、ミドリはかもめ食堂の手伝いを願い出る。
「もちろんお給料なんかいりません」
「でも暇ですよ、いいんですか?」
「武士道」の文字や、芸者のプリントされたTシャツを着て毎日店に現れる例の若者。
記念すべき最初の客である彼は、その特典として、永遠にコーヒーが無料である。
そんな若者トンミ・ヒルトネンに、ミドリは「豚身昼斗念」の漢字名を与える。
冷やかしのおばちゃん3人組は今日もやってくるものの、サチエが微笑みかけると、笑って立ち去ってしまう。
今日もお客さんは昼斗念ただ一人だ。
しかも、彼はコーヒーしか飲まないので、売上はない(笑)
ある日店に入ってきた男は、サチエのコーヒーに満足しながらも、もっと美味しいコーヒーのいれ方を教えてやると言い出した。
男はサチエに、とっておきのおまじないを教えてくれた。
“コピ・ルアック”
“コピ・ルアック”、たった一言が、普通のコーヒーを魔法のコーヒーに変える。
男のおまじないのかかったコーヒー、一口飲んだサチエ。
お、美味しい…。

どこか聞き覚えのあるその言葉に、はっとするサチエ。
ミドリや昼斗念にも、魔法のコーヒーは好評だ。
ある日、サチエとミドリが店でシナモンロールを焼いていると、そのあまりに美味しそうな香りに、ついに例のおばちゃん3人組が店に足を踏み入れる。
サチエがこだわるおにぎりではないものの、シナモンロールはおばちゃんたちの心をつかんだようだ。
コーヒーとシナモンロールを求めて、おばちゃんたちは今や常連客だ。
店の外から店内を睨みつける一人の女性は気になるものの、大繁盛とはいかないまでも、少しずつ、少しずつお客さんが増えていくかもめ食堂。
そんなかもめ食堂に現れた、新たな日本人マサコ。
長年に渡る両親の看病から解放された彼女は、たまたま見たニュースで、エア・ギター選手権や携帯電話投げ競争に夢中になるフィンランド人を見て、こんなことを一生懸命やる人たちっていいなぁと、フィンランドまでやって来たのはいいものの、空路荷物が紛失。
町をうろつくうちに、ぶらっとかもめ食堂に。
そんな折、例の店内を睨みつける女性がついに来店、強いお酒をグイッと飲み干すと、サチエやミドリにも飲めと要求、そんなの無理ですと困る二人を横目に、一気に飲み干すマサコ。
これでもうマサコも立派な仲間だ。
「いいわね、やりたいことをやっていらして」と言うマサコに、「やりたくないことはやらないだけなんです」とサチエ。
お互いについて深く聞こうとするでもない、理由なんかどうでもいい、日本から遠く離れた地で出会った、もう若くはない女3人、いつまでこの関係が続くかもわからない、でも今は、美味しいコーヒーを、美味しい食事をお客さんに。

「ずっと同じではいられないものですよね。人はみんな変わっていくものですから」
「いい感じに変わっていくといいですね」
昼斗念、魔法のコーヒーを教えてくれた男、おばちゃん3人組、店内を睨みつけていたものの今は友達になった女性、そしていつも食べに来てくれるお客さんたち、今日もドアが開く音とともに、キッチンからサチエの声が店内に響き渡る。
「いらっしゃい」
最後に、カウリスマキ映画ファンとして、これだけはどうしても触れておきます。
サチエにおまじないを教えてくれた男、演じるのは、“過去のない男”マルック・ペルトラ。
彼の役名がなんとマッティ。これには、世界中のカウリスマキ映画ファンが涙を流したことでしょう。
この駄文を、今は亡きマッティ・ペロンパーに捧げます。
2005/日本/102分
[監督・脚本]荻上直子
[原作]群ようこ
[フードスタイリスト]飯島奈美
[出演]小林聡美/片桐はいり/もたいまさこ/ヤルッコ・ニエミ/タリア・マルクス/マルック・ペルトラ
暴漢に襲われ、記憶を失った一人の男。 今にも壊れそうなコンテナという居場所を見つけた彼は、ジャガイモを耕し、壊れたジュークボックスを直し、“猛犬”ハンニバルをあっさり手なずけ、ソファーで好きな人と黙って音楽を聞き、今日という一日を[…]