正直そこまで乗り気ではありませんでしたが、『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉』も微妙そうですし、やっぱり映画館で観ておくかと、映画の日に出撃。
一言、行って大正解。これは素晴らしい。
予告編の段階でだいたい話は読めますが、まだ絶賛公開中ですので、なるべくネタバレにならないように簡単に。
一番の話題はやっぱりアカデミー賞を獲ったナタリー・ポートマンでしょうが、「アカデミー賞」や「ナタリー・ポートマン」という単語で気楽な気持ちで観に行かれた方の中には、ドン引きされた方もいらっしゃるかも。
なんといってもあの『レクイエム・フォー・ドリーム』を撮ったダーレン・アロノフスキーですからね、今回もいろんな意味で“痛い”です。
映画をジャンル分けするのは好きではありませんが、あえて一言で言うなら、“心理ホラー”でしょうか。特に、後半は完全にホラー映画です。
さて、肝心のナタリー・ポートマン。
ニナの役をナタリー・ポートマンと同じくらい上手く演じられる役者は他にもいるでしょうが、この役はナタリー・ポートマンでなければいけません、まさに彼女のためにあるような役。
ヴァンサン・カッセルは、スヌープ・ドッグのアルバムに出てくるようなもっとdirtyな単語をこれでもかと使っていますが、わかりやすくぶっちゃけて一言で言うなら、彼がニナにずっと言っているのは、“上手いのはわかるんだけど、見てても興奮しないんだよね”ということ。
これは、ナタリー・ポートマンが言われ続けてきたことでもあります。
いつまでも子供みたいと言われるのが嫌で、『Vフォー・ヴェンデッタ』でスキンヘッドになってみたり、『クローサー』でストリッパーの役をやってみたり、イメージを壊そうと、殻を破ろうと、ずっとそうしてきた彼女に向かって、他の誰でもないあのヴァンサン・カッセルが、あの眼差しで、あの声で、あの手つきで、一番痛いところをグサグサとついてきます、情け容赦なしに。
その唯一自分に欠けているものをリリー(ミラ・クニス!)にまざまざと見せつけられ、ベス(ウィノナ・ライダー!)からはビッチだ不感症だと罵られ、本来なら唯一落ち着くはずの家には、自らが果たせなかった夢を託すため彼女をいつまでも子供扱いし全てを支配しようとする、何よりも耐え難い母親(バーバラ・ハーシー!)がいる。
ニナじゃなくても、頭がおかしくならない方がおかしい(笑)
そして、ニナが、ナタリー・ポートマンが、必死でその殻を破ろうと、少しずつ、少しずつ、かっこよく言えば己を解き放って、下世話に言えばどんどんエロくなっていく。
そんな彼女を、『レクイエム・フォー・ドリーム』ではカメラワークで誤魔化していたアロノフスキーが、小細工なしで、これでもかというようになめるようにカメラにおさめていく。
小細工なんか必要ない、一人のバレリーナが、一人の女優が、ついにその壁を打ち破る瞬間まで、ただ彼女をじっくりと追えばいい。
それができたアロノフスキーもまた、彼女と一緒に、より一段高いところへと辿り着くこととなり、彼にとってもこれは大きな一歩でしょう。
ミッキー・ロークなしの『レスラー』がありえないように、こうして、ナタリー・ポートマンなしの『ブラック・スワン』ももはやありえません。
自分で踊ってるか踊ってないかでずいぶんと騒ぎになっていて、自分もtwitterの方では何度かその手のニュースを取り上げましたが、本編を観た後では、一言で言えば、踊っていようがいまいが、そんなことはどうでもいい。
さっき書いたような映画では、いろいろやってみてはいても、どうしても“見た目だけ”感は否めませんでした。
それが今回、アカデミー賞という勲章もついてはきましたが、それすら彼女にとってはたいした問題ではないのではないでしょうか。
まさに自分のためにあるとしか思えないような役を得て、一人の女優が次の次元へと足を踏み入れた瞬間に、一映画ファンとして映画館で立ち会えた幸せ。
傑作。
[原題]Black Swan
2010/アメリカ/108分
[監督]ダーレン・アロノフスキー
[音楽]クリント・マンセル
[出演]ナタリー・ポートマン/ヴァンサン・カッセル/ミラ・クニス/バーバラ・ハーシー/ウィノナ・ライダー